コロナ禍の東京で刻みつけられた「Unplugged」の新しい歴史
国内ヒップホップグループ初の快挙が早くもパッケージ化

2021年2月28日、MTVで放送されて大反響を呼んだ『MTV Unplugged: RHYMESTER』のパッケージ化が早くも実現。
グループ32年のキャリアで初のライブアルバムとなるCD/デジタル版、映像ディレクターのtatsuakiが全映像を新たに編集したDVD/BD版、いずれもオンエアではカットされた楽曲を含む完全バージョンでのリリースだ。

「MTV Unplugged」は1989年のスタート以来、エリック・クラプトン、ニルヴァーナ、宇多田ヒカルなど、数々の歴史的名演を生み出してきた由緒あるアコースティックライブ企画。
そんなMTVの看板プログラムへのライムスターの出演はヒップホップグループとして国内初、世界的にも1993年のアレステッド・ディヴェロップメント以来28年ぶりの快挙になる。

この大舞台に臨むにあたってライムスターは、ピアノ、ドラム、パーカッション、ベース、ギター、サックス/フルート、そしてストリングスのカルテットで構成された10名からなるバンドを結成。
さらにDJ JINがターンテーブルの「演奏者」として随所に効果的なスクラッチを加えていくことにより、「Unplugged」の伝統とヒップホップの美意識を両立させる難題に見事成功している。
数々の名曲が独創的なアレンジと共に新しい魅力を獲得していくさまは、3人が標榜する「アダルトオリエンテッド・ラップ」の現時点での最高到達点といえるだろう。

新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令下、飛沫防止用アクリル板やパフォーマー間のディスタンス確保など「予防対策」をスマートに落とし込んだステージセットも大きな見どころのひとつ。
「MTV Unplugged」初の無観客開催となった約70分のステージは、日本ヒップホップ史のエポックメイキングな事件としてはもちろん、コロナ禍を生きるアーティストの奮闘を捉えた迫真のドキュメントでもある。

TRACK LIST

1. 午前零時 -Intro
2. ONCE AGAIN
3. Future Is Born
4. Back & Forth
5. 梯子酒
6. ザ・サウナ
7. グラキャビ
8. POP LIFE
9. グレイゾーン
10. ザ・グレート・アマチュアリズム
11. 耳ヲ貸スベキ
12. It’s A New Day
13. The Choice Is Yours
14. カミング・スーン
15. ゆめのしま

Live Blu-ray / DVD
『MTV Unplugged: RHYMESTER』

発売日:2021年4月28日
Blu-ray VIXL-3 ¥6,380(税込)
DVD VIBL-10 ¥5,500(税込)

※初回生産分のみ
デジパック仕様/封入特典:フォトブック(60P)

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■ 副音声
恒例のライムスターメンバーによる副音声オーディオコメンタリーでは、ゲストにバンドマスターをつとめたタケウチカズタケさんをお迎えして、「ヒップホップをバンド生アレンジするとはどういうことなのか?」など、『MTV Unplugged: RHYMESTER』を深掘りします。

Live CD/配信 Album
『MTV Unplugged: RHYMESTER』

発売日:2021年4月28日
CD VICL-65494 ¥3,300(税込)

※初回生産分のみ
デジパック仕様/封入特典:折りたたみ式両面ポスター

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MOVIE

EXCLUSIVE INTERVIEW


『MTV Unplugged: RHYMESTER』
オフィシャルインタビュー
(音楽ジャーナリスト・高橋芳朗)


── まずは『MTV Unplugged』に出演することになった経緯から教えてください。

Mummy-D 完全バンドセットでライブをやる構想が前からあって。もともとは『Blue Note』とか『Billboard Live』みたいな場所でできないかって話していたんだけど、そんなときに舞い込んできた『MTV Unplugged』の出演はまさに渡りに船で。すでに配信ライブも頭打ちの状況だったから、『MTV Unplugged』のブランド力を借りたところはあるね。ただ単にバンドセットでライブをやるのとはぜんぜんちがってくるからさ。

宇多丸 『MTV Unplugged』のフォーマットがあれば無観客でもマイナス感が少ないしね。まずは放送で公開して、そのあとパッケージ化できるということを考えても、いまライムスターがやれることとして絶妙なんじゃないかって。

── アーティストとしてなにかコロナ禍に足跡を残しておきたい、という考えはありましたか?

Mummy-D 星野源くんが無料配信した「うちで踊ろう」だったり、origami PRODUCTIONSが立ち上げた「origami Home Sessions」(収益が見込めないアーティストに楽曲を無償提供するプロジェクト)だったり。そういう動きを見て「早い! 素晴らしい!」と思っていたし、もちろんなにかできたらとはずっと考えていたんだけど、やっぱり俺たちはフットワークが重くてさ。リモートのミーティングで話し合ったりもしたんだよ。でもちょっと過渡期すぎて、この状況に対するメッセージを出すには時期尚早だなって。

宇多丸 ライムスターとしてはそうなんだよね。俺らは普遍を抽出していくタイプであって、いまの状況をそのまま詠みこむタイプではないからさ。

Mummy-D うん、そういうグループだからね。だからちょっとモタモタしていた。

宇多丸 でも、じたばたしないのもひとつのスタンスだからさ。「なにをしたらいいのかわからない」人たちの立場に近いアーティストがいても別にいいでしょ。

── ライブの収録日はまさに緊急事態宣言発令中だったわけですが、完成した映像を見て2021年のコロナ禍の東京を切りとったドキュメントとしてものちのち意味を帯びてくる作品だと思いました。

宇多丸 コロナ禍云々はライブの練習をしたり曲を歌っているときに思ったね。これは考えていた以上に「いま」を反映したライブになるだろうなって。特にライブ当日にいちばん意識したかもしれない。当日になってさらに確信が深くなったというか。

── 『MTV Unplugged』への出演にあたって、まずはどういう作業から進めていったのでしょう? 当然通常のライブとはちがった手順を踏んでいくことになるわけですよね。

Mummy-D うん、まずはバンマスを決める。それと同時に、わりと早い段階でストリングスを入れる提案をしたと思う。ライムスターはこれまでにもいろいろと異種格闘技みたいなことに挑戦してきたから、ホーンセクションが並んだ編成の前でラップすること自体は実は結構やってきていて。SOIL &“PIMP”SESSIONSだったり、Bank Bandにしてもそうだよね。それで新鮮にステージを見せるためにはホーンよりもストリングスだろうと思って。だからバンマスのタケウチカズタケとなんとなく編成を考えてそれにふさわしいメンバーを彼に集めてもらって、そのあとでストリングスが入ることを前提にしてセットリストを決めていって。

── 確かにライブを鑑賞する前、なぜか勝手にホーンセクションを軸にしたステージをイメージしていました。

Mummy-D ホーンが並んだステージは想像できちゃうんだよね。それこそ、2002年の『ウワサの真相』のライブの時点でWack Wack Rhythm Bandとコラボしていたりするわけで。

── 実際に蓋を開けてみたら、全編通してホーンに頼らないアレンジが施されていて。それが今回のアンプラグドの大きな魅力であり、独自性になっていると思いました。

Mummy-D 生で見せるものではないからね。初めて見たときに音として新鮮なアレンジになっていないとつまらないでしょ。あとはライムスターもストリングスが入っている曲がだいぶ増えてきて。たとえば「ONCE AGAIN」もそうだし「The Choice Is Yours」もそう。いずれこれを本気で生で再現できたら、というのは昔から贅沢な望みとして持っていたからさ。それであえてホーンなしの方向で提案したんだけど、カズタケから逆に「フルートもホーンもこなせる人がいる」って言われて。要はなんでも屋としてひとり入れておいたほうがいいって提案があったから、それを受けて栗ちゃん(栗原健)に声を掛けてみた。ストリングスとフルートの絶妙なミスマッチ感だね。僕らとはちょっと遠い感じというか、そのアプローチでいけばマジックが起きるんじゃないかと思って。ストリングスやフルートはホットなファンクとは逆のイメージがあるでしょ? それでライムスターのファンクネスを再現したらまちがいなく新鮮なものになるだろうと。

── 通常のアンプラグドはシンプルなアレンジに向かっていくものだと思うのですが、今回のライムスターの場合はそれとは真逆、引き算ではなく足し算的な考え方で構想を固めていったわけですね。

Mummy-D そうそう。こういうときにリッチなサウンドにしていくアレンジができるのはヒップホップならではだよね。

── アレンジを練っていく際、歴代の『MTV Unplugged』作品を参考にするようなことはありましたか?

Mummy-D 俺は特にない。カズタケはジェイ・Zの『MTV Unplugged』に強い思い入れがあって、ああいうのがミュージシャンとしていちばんやりたいことのひとつだったみたいだけどね。もちろん俺も見たことも聴いたこともあるよ。でもあえて引っ張り出してくることはなかったな。

── アレンジに関してはリズムで引っ張っていくアゲ曲とストリングスを強調した聴かせる曲、ざっくりとですがこのふたつに分けられると思いました。

Mummy-D ストリングスが入ることによってアゲ曲と聴かせる曲がすごくはっきりしたよね。ストリングスはすごく盛り上げることもできるし、しっとり聴かせることもできる。その使い分けでわかりやすくなったところはあると思う。

── 全体的にラテンやブラジルに寄せたアレンジの曲が多かったのも印象的でした。

Mummy-D それはたぶん俺らみんながそういう音が好きだから。ああいうブラジル音楽のコード感、なんて言うんだっけ?

── サウダージですか?

Mummy-D そう、サウダージ。90年代のヒップホップの影響を受けているからか、ああいうコード感がみんな好きなんだよ。当時のヒップホップを聴いているとおのずとああいうコードが好きになっちゃうね。

── そういうビジョンのなかでセットリストに「耳ヲ貸スベキ」が組み込まれているのには必然性を感じますね。ヒップホップと楽器のせめぎ合い、たとえばアレンジを施していくにあたってヒップホップ性の維持やサンプリングミュージックの良さを活かしていくことに苦心することはありましたか?

宇多丸 アレンジ的にうまく合わなくてなんとかしなくちゃいけなかったのが「梯子酒」。プレイヤー的に負担が大きい曲もいくつかあったみたいよ。俺たちはなんの気なしにサンプリングして曲をつくってるけど、演奏する側としては「いや、これ無理です!」って。

Mummy-D 「ずっとは弾いてられません!」みたいな曲もあったな。「ヒップホップ的にはこういう構造になっているんだけどそのまま演奏しなくても構わない」って指示することがいちばん多かったかもしれない。やっぱりヒップホップはおかしな音楽なんだけど、プレイヤーの皆さんはそれをバカ正直に再現してくれるんだよね。だからその都度「いや、いいですいいです!」って。

宇多丸 特にストリングスはきっちり採譜して音符に残して演奏するわけで。それに対して俺らは「合ってはいなくても良ければいい」みたいなスタンスだからさ。

Mummy-D うん、良ければいいんだよな。

宇多丸 そこは音楽言語の微妙なちがいがあったね。

Mummy-D みんなないものねだりだからさ。俺らは「音楽」に行きたいのに向こうはヒップホップに近づこうとしてくる。俺らとしては「こっちに近づいてこないで!」って感じなんだよ(笑)。これはミュージシャンとセッションするとよくあることなんだけど。

宇多丸 ただ再現してもおもしろくないからね。「梯子酒」は打ち込みの極みというか、いろいろな響きの組み合わせ込みの曲だから。あれをなんとなくなぞってみても、ねえ。

Mummy-D 「梯子酒」はいちばんむずかしかったね。

── その「梯子酒」はニューオーリンズのセカンドラインと祭りのリズムを重ね合わせたアレンジが見事でした。

Mummy-D なかなかアレンジが決まらなくてリハーサルがたいへんだった。普通に演奏したらすごくつまらなくなっちゃうからさ。「梯子酒」は要するにベースミュージックだから、ブンブンいってるサブベースで持っていってる曲なんだよ。いちばんいまっぽい曲であり、いちばんミュージシャンシップみたいなところから掛け離れた曲というか。それでどうしようってなったとき、なんとなく土着的な方向、祭りの方向に振ったほうがいいんじゃないかと思って。レゲエのリズムだったり、いろいろ試してみて。

宇多丸 レゲエもまちがいなく合うはずだね。

Mummy-D それでいろいろ試してみた結果、あのかたちに行き着いて。基本的にはカズタケが打ち込み直したものを聴いたうえで再現してもらう感じだった。いまっぽい打ち込みを生ドラムでやろうとするとどうしても持たないんだよね。もっと手数を多くしていかないと。でもキックをいくら踏んだところであんな音にはならないんだよ。とにかく「梯子酒」はリハーサルでいちばん時間をかけた曲だね。

── アレンジの過程でバンドメンバーが戸惑う場面も多かったのではないでしょうか?

Mummy-D あったあった。「耳ヲ貸スベキ」がいちばんあったかな。サンプリングした元ネタのフルートをカズタケに送って、打ち込み直してデモとして再現してもらったんだけどさ。1996年当時に「耳ヲ貸スベキ」をつくったときは「このベースラインとこのフルートの組み合わせ、俺って天才!」ぐらいに思ってたんだよ(笑)。

── フフフフフ。

Mummy-D でも、いま聴くと完全にスケールアウトしてる。しかも、元ネタのベースの細かい音程をいじっちゃっていて。要するにチューニングがずれていて、こんなのいくらやっても合うわけがないんだよ。でも合うわけがないんだけど、ヒップホップの感覚でいけばこれは合ってるということでずっと聴いてきたという。それをいざ再現しようとすると、当たり前なんだけどぶつかっちゃってぶつかっちゃってもうどうしようもなくて。妥協策をずっと栗ちゃんに探ってもらったんだけどね。ストリングス隊にしても原曲を聴いてもらったら音感が狂っちゃったみたいで、咄嗟にチューニングを合わせ始めたりして。1996年当時はこのあと自分たちが生楽器とセッションするなんて微塵も思っていなかったから、むちゃくちゃな作り方をしていたんだよ。そういうところでの苦労はたくさんあったね。

── ヒップホップの「音楽未満」な部分を象徴するお話ですね。

Mummy-D ストリングス隊はチューナーで合わせるんじゃなくて絶対音感で合わせてるっぽくて、原曲を聞いてもらった瞬間に「ギャーッ!」って(笑)。

── ヒップホップのトラックを聴くと自分のなかの感覚が揺さぶられると。

Mummy-D そうそう。そういう文化の衝突はすごくあったね。

── ヒップホップの特異性というところでは、アンプラグドにおけるターンテーブルの在り方も大きな課題だったのではないかと思います。

DJ JIN それはアンプラグドをやることになったとき、いちばん最初に直面した問題だね。ターンテーブルなしでなにができるかも考えはしたんだけど、やっぱりライムスターのライブの象徴として外せないだろうと。レコードの2枚使いをやって演奏全体をターンテーブルで引っ張っていくようなことはさすがにやらないにしても、スクラッチをする楽器のひとつとしてターンテーブルを加えることになって。カズタケも俺がなにができるかをすごく考えてくれて、それでいろいろと相談もされたんだけど、俺自身はリハスタに入ればなんとかなるだろうと思っていて。というのも、いままで何度もバンドとセッションしてきているし、そのなかでDJがどうやってミュージシャンのひとりとしてからんでいくかはずっと培ってきたことだから。カズタケには2018年の『New Acoustic Camp Music Festival』に出演したときもバンマスを務めてもらっているしね。

── なるほど。

DJ JIN それでリハーサルに入ってアレンジを決めながら自分でできることをいろいろと試してみて、そこで録音した音源をカズタケが家に持ち帰って改めて聴いてみたりして。俺がライムスターの曲のツボを体で理解しているところがあるから、それを踏まえて自分ができることを随所に入れていったらカズタケが「JINさんが曲に足りない要素をすべて入れてくれた。僕から言うことはもうなにもない」って。パーカッションは結ちゃん(高橋結子)に入ってもらったんだけど、彼女だけではフォローできない大事なポイントを自分が補ったり、そういうバイプレイヤー的な立ち位置だよね。

── 確かに、普段のライブではすべての音を管理しているJINさんがバンマスなわけですからね。足りない要素、必要な要素には誰よりも敏感な立場であると。

DJ JIN そうそう。たとえば「Future Is Born」で結ちゃんはコンガを叩いていたんだけど、絶対に必要なタンバリンは同時に振れないからそこは俺が担当したり。

── 高橋結子さんはまさにその「Future Is Born」でバックコーラスも務めていましたが、曲に新しい魅力が加わっていてとても新鮮でした。

Mummy-D いままでやったことがなかったからね。ぜんぜんちがうノリになるんだよな。

── こうしたなかでどういうビジョンのもとにセットリストを決めていったのかを詳しく聞きたいのですが、先ほど「ストリングスが入ることを前提にしてセットリストを決めていった」と話していましたよね。

Mummy-D うん、まずはストリングスを再現したかった曲をリストアップした。「午前零時」から「ONCE AGAIN」への流れを再現したらかっこよくなりそうだとか、「It's a New Day」のストリングスから「The Choice Is Yours」のストリングスにつながっていったら興奮ものだぞ、みたいな。それでみんなに提案しつつ、ブロックごとに意味を持たせるような構成を考えていって。

── そんななか、社会的メッセージ性の高い『グレイゾーン』と『ダーティーサイエンス』の収録曲が強い存在感を放っているように感じました。これはコロナ禍の混沌とした世相を踏まえての選曲なのでしょうか?

Mummy-D いま話したように最初は音から選んでいったんだけど、歌っているうちにいまの時勢と歌詞との相性の良さに気づいてきて。それによって曲順を変えたりしてより意味を持たせていったようなところはあるね。

宇多丸 でも、音楽的な理由がなく「意味」から選んだ曲は基本的にないんだよ。

── 「意味」ということでは『グレイゾーン』と『ダーティーサイエンス』の収録曲のほか、「グラキャビ」もセットリストのなかでキーになっていると思いました。「グラキャビ」は2019年の47都道府県ツアーでも重要なレパートリーになっていましたが、それが満足にライブを行うことができない現在の状況で聴くとまたちがう意味を帯びてくるという。

Mummy-D そうなんだよね。ついこないだまであんな密の極みみたいなライブハウスのステージに立っていたのに、いまは無観客の客席に向かってライブをしているという。それは歌っていてもグッとくるものがあるんだけど、単に楽しいとか悲しいみたいな感情ではなく「あぁ……」っていう。でも「グラキャビ」に関してもさっき話したのと同じなんだよ。いま「グラキャビ」を歌ったらグッとくるだろうとか思ってセットリストに入れたわけではなく、ストリングスを入れていつもよりゆったりしたアレンジで歌ったら気持ちいいだろうな、ぐらいの考え。それがいざ歌ってみたら急に意味を持ち始めるのは、あくまで音楽が勝手にそうしてくれているだけであって。こちら側の作為ではないということでは『グレイゾーン』や『ダーティーサイエンス』の曲と共通していると思う。

── 本番で歌ってみてはじめて「意味」に気づかされたようなところがあったと。

Mummy-D うん。そもそもリハーサルのときは感慨に浸っている余裕がない。音楽的に良くすることしか考えてないからさ。しかも俺の立場上、リハーサルでは歌いながらもすべての音を確認しなくちゃいけないんだよ。俺が仮歌を乗せないとみんな感覚がつかめないこともあるから、場合によっては宇多さんのパートも歌いながら各楽器をチェックしていたり。だから「あぁ……」なんて思ってる暇は一瞬もない。リハーサルの音源を家に持ち帰って確認しているときは逆にすごく冷静に聴けるんだけどね。やっぱり本番のステージで感じることがいちばん多かったかな。

── これもセットリストに関係してくることですが、バンドを従えていることによって曲間の聴かせ方、曲と曲のつなぎの聴かせ方も通常のライブとはまたちがったアプローチができたのではないかと思います。

宇多丸 バンドがいることによって可能になったのは「ルバート」だよね。バンドの演奏のうえでMCをしていて気づいたら次の曲に入っているみたいな。それはターンテーブルライブではできないことだから。

Mummy-D ルバートはこれから始まる曲のメロディをテンポがない感じでのっぺり弾いて次の曲を匂わせたり、イントロ延ばしたりアウトロ延ばしたりブレイク延ばしたり、もうなんでもできるんだよ。最後にピアノが残って終わる曲だったら、そのピアノが次の曲を弾き始めたりとかね。そういう日頃できないことはこれでもかってぐらいにやった。特に「グレイゾーン」は原曲のフレーズがくる前に匂わせるフレーズをずっと弾いたりして。それで実際の「グレイゾーン」のフルートのリフが「くるぞくるぞ、きたー!」となるのがカタルシスを生むんだよ。そのあたりは贅沢させてもらったな。

── ライムスターはこれまでにもさまざまなバンドとのセッションを行ってきましたが、実際にステージに立ってみて今回のアンプラグドセットならではの楽しさや緊張感はありましたか?

宇多丸 やっぱりストリングスなのかな? ストリングス隊もまったく関係のないところから呼んできたわけではなく、ちゃんとこの手の音楽を理解したうえでやってもらっているからさ。「本当はどう思われてるのかな?」とかライブ中にしつこく言っていたけど(笑)。

── フフフフフ。

宇多丸 「本当は嫌なんでしょ?」とかね。あんなこと言うの俺らぐらいだよ(笑)。

Mummy-D だいたいストリングス隊をイジる人なんかふつういないんだよ。ヒップホップのコンプレックス(笑)。でもそういう部分も含めて借り物のバンドではないというか、俺らのバンドなんだって見せ方だから。ビジネスライクにこなしてもらっているのではなく、一緒に音楽をつくり上げていたいの。いつもはバッキングに関してはお呼ばれしてるこっちの領域ではなくて、俺らはラップに専念していればいいわけだけど、今回はすべて自分たちの責任になるからね。そういう意味でのプレッシャーはあったよ。ライムスターがバンドをディレクションするのであればこうやって活かすみたいな、その腕の見せどころだよね。

宇多丸 確かに。「自分たちの音楽」にしてアウトプットしなくちゃいけないわけだからね。

── Scoobie DoはScoobie Do、Base Ball BearはBase Ball Bearですからね。

宇多丸 そうそう。今回は「ライムスターのバンド」で、「ライムスターの演奏」として見せないといけなかったから。そこはカズタケのこだわりの部分だったと思うんだけど、生演奏でありながらヒップホップの良さ、サンプリングミュージックの良さも活かすというそのせめぎ合いだよね。もちろんいままでのバンドとのコラボでもそういう瞬間はあったけど、今回はそれ自体がコンセプトだったといってもいいんじゃないかな。めちゃめちゃ上手いプレイヤーでも、そういうヒップホップに対する理解がまったくないタイプの演奏をする人もいるわけで。

Mummy-D そうだよね。それは世代もあるのかな。

宇多丸 だからすごく話の早いチームだった。たとえば「グラキャビ」のとき、ディアンジェロの「Brown Sugar」みたいな演奏で、みたいな説明で一発で伝わるから。ザ・ルーツのクエストラブみたいなドラミングで、とかさ。それは音符通りに完璧に演奏する技術とはまったくちがうものだから。

Mummy-D オリジナルのテンポでやると意外とつまらなかったり、オリジナルのドラムパターンでやるといまいち物足りなかったり。今回はそういう瞬間がいっぱいあった。「グラキャビ」の場合はオリジナルよりもレイドバックした感じにしたくて、「Brown Sugar」みたいに演奏してほしいって伝えたら一瞬で見事に決まって。

宇多丸 そういう部分でも一体感というか、同じゴールを目指していく感じはあったかな。

DJ JIN まさに俺もみんなでリハーサルで練習した通りに最大限の気持ちを込めてやることを重視していて。普段バンドとコラボするときはノリでやってる部分もあったけど、今回は練習したところをひとつも外さないでしっかりやり遂げることをテーマにしていたから、そういう緊張感はあったね。やるべきことをきっちり遂行する緊張感。

── やっぱり音楽的な要素が強くなっていますからね。

DJ JIN そうそう。たとえば「グラキャビ」のリハーサルでパーカッションの結ちゃんから「パーカッションでフォローできないサビの8分3連のリズムをスクラッチで埋めてもらえますか?」って言われたり。それはもう絶対に外したらいけないところだからね。「梯子酒」の最後のビブラスラップもそう。

Mummy-D でも、ライブのときはもちろん緊張感もあるけど基本楽しさしかなかったな。もういろいろなむずかしさを越えたうえでそこに立っているわけだからさ。やっぱりヒップホップ(≒非音楽)と「音楽」の齟齬を埋めていく作業だよね。デモのやり取りも数えきれないほどやったし、ストリングスとのすり合わせもすごくたいへんだった。あの人たちはある意味四人羽織みたいなものというか、4人でひとつの楽器を演奏しているような感じなんだよ。だから、誰かひとりのノリでなにかを伸ばしたりとかは一切できない。あのセクションだけはしっかり譜面を起こしてあげないといけないわけ。そういうノリだけではできない部分と、「でもノリも重視したい!」という部分。これはお仕事でやっているんじゃなくて俺らはバンドであって、みんながみんなこの曲をすごく愛していて本当に楽しみながら演奏しているんだ、みたいな感覚はどうしても出したかった。そういう思いもあって、今回のポイントとしてはMIDIで併走していない。ふつうはドラマーだけでもクリックを聴いていたりするものなんだけど、こういう編成ではすごくめずらしいと思う。誰もなにも聴かないでやってるんだよ。

宇多丸 それっていつ決まったの?

Mummy-D 別にそれでいこうって言ったわけでも、誰かの意向とかでもなくて。「あ、できてるね」って自然に。

宇多丸 じゃあ、うまくまとまらなかったら導入する可能性もあったわけか。

Mummy-D そうそう。だからいちばんたいへんだったのはドラムのコウちゃん(脇山広介)なんだよ。クリックを聴かないでBPM100とBPM102の打ち分けをしなくちゃいけないなんて、これはもう拷問みたいなものだよ(笑)。そんな厳しいことをお願いしてたのかってなんだかかわいそうになっちゃって。

宇多丸 でも、まさにこのクオンタイズビートの気持ちよさと生演奏の揺らぎとのせめぎ合いが今回のバンドのコンセプトであり醍醐味であって。もっといえば、打ち込みが主流になって以降の生バンドが目指してきたひとつの命題だよね。

Mummy-D いまどきロックバンドだって生演奏に併走してMIDIで音源出しているからね。でも、それこそが俺らにとってのアンプラグドなんだよ。結局、誰もクリックを聴かないで演奏しているわけだから。

宇多丸 究極のアンプラグドだよね。命綱なし!

Mummy-D ただ、それは狙ったわけではなく自然とそうなっていったんだよね。

── 特に「ゆめのしま」の演奏はすごいことになっていました。

Mummy-D ね。本当にかわいそう(笑)。

宇多丸 「ゆめのしま」は「グラキャビ」の逆でBPMを前倒しにしたんだよ。当日のリハーサルでDが、やっぱり「ゆめのしま」は、全員がいっぱいいっぱいな感じじゃないと面白くないな、と言い出して。なるほど、と思ったね。

Mummy-D コウちゃんがオリジナルのテンポで叩いてくれたんだけど、ライブだともうちょっとテンポを上げないといっぱいいっぱい感が出ない。「ゆめのしま」はラップをギリッギリでやってる感じが出ないとカタルシスが生まれないんだよ。

宇多丸 おもしろいよね、通常ヒップホップは余裕があるほどかっこよくなるんだけど、こと「ゆめのしま」に関しては別っていうさ。

Mummy-D ストリングスもさらにテンポアップして、みんなが「うわー、もう無理です無理です!」って感じでやらないと。

宇多丸 エクササイズの最後にインストラクターが「さあ、もっと自分を追い込んで!」って煽ってくるみたいな(笑)。

Mummy-D でも、そうしないと大団円感が出なかったんだよ。

宇多丸 そもそも「ゆめのしま」の解釈としておもしろいよね。あのいっぱいいっぱいな感じが演出として正解だったという。

Mummy-D ウッドベースのアキラくん(柳原旭)とかたいへんだっただろうな。「もうこれ以上無理です!」みたいな。

── ウッドベース、指がボロボロになりますよね。

宇多丸 エレキっていろいろ増幅してるんだなってことだよな。

── 今回の『MTV Unplugged』は、『Bitter, Sweet & Beautiful』のころからライムスターが標榜していた「アダルトオリエンテッドラップ」のひとつの成果であり到達点といえるのではないかと思います。今後のグループのキャリアにおいて『ウワサの伴奏』のような大きな意味を帯びてくる気もしていますが、今回のアンプラグドの成果についてはどのように考えていますか?

Mummy-D うん、成果は確実にある。ライムスターは幸運にも30年にわたって活動することができているわけだけど、第一人者はいつまでも第一人者でいられるんだよ。アメリカのヒップホップもこれからどんどん爺のラッパーが増えてくると思うけど、そうなったときにフレッシュネスだけではとてもじゃないけどやっていけない。爺がラップなんてするなよって意見もあるかもしれないけど、ジャズメンが年齢を重ねていってもかっこよかったように、ラッパーもそうなっていくべきだと思うんだ。大人のヒップホップがどんどん生まれてくるべき。いまアメリカでそれができているのってコモンぐらいじゃないかな。過去に活躍していた海外のアーティストが『Blue Note』や『Billboard Live』で来日公演を行ったりするでしょ。今後はヒップホップもああいうかたちになっていくのかなってぼんやりとは頭のなかにあって。自分たちの音楽も加齢と共に変わっていってもいいと思うし、大人でも聴けるものを目指していかないとね。『MTV Unplugged』はその試金石になると思うよ。大人の耳に心地よい音って鼓膜レベルで若いころとはまたちがってくるみたいだよ!。若いときはノイジーなものを好むけど、大人は洗練された柔らかい音を好むんだって。

宇多丸 キャッチする周波数もちがうしね。

Mummy-D これは食の好みの変化とまったく同じことだと思う。胃腸が弱くなってきたときに食べたいものってあるでしょ? そういうヒップホップが出てきてもいいと思ってる。塩分と脂分を落として、そのぶん出汁をちょっと強めにして。出汁のおいしさで食べさせていくようなヒップホップだよね。冗談みたいに聞こえるかもしれないけど、これは本当のことだと思うよ。

DJ JIN このインタビューを通じてたびたび言われてきたことだけど、ヒップホップの打ち込み感やサンプリング感の良さは本来音符では出せないところで。それをいかにして生楽器の演奏で音符に寄せたスタイルで表現していくか、その追求がすごく高いレベルで達成できたんじゃないかな。うん、すごくいいライブだったと思う。練習もたくさんやったし、ちゃんと努力が実ったという手応えがあるね。

宇多丸 あとひとつ大事なのは、無観客ライブの手応えも大きくて。お客さんがまったくいないのはもはやいるのと同じというか。ゼロと無限は同じみたいなね。もし少しだけお客さんがいたら、そのわずかにいる実像に対してそれに応じたライブをしなくちゃいけないからさ。

Mummy-D うん、そうだね。

宇多丸 もちろんいずれはお客さんとちゃんと対面でアンプラグドをやってみたいけど、不思議なもので無観客なのに歓声が聞こえてくるんだよ。

── 宇多丸さん、ライブの最中に「見えるぞ!」と言っていましたね。

宇多丸 そうそう、見えたし聞こえたし。別にこれは強がっているわけではなくて、本当になんの過不足も感じなかった。この感慨はバンドセットだったことも大きいんだろうけどね。メンバー3人だけでポツンといたらまた話はちがってくるのかもしれない。これは今回のライブで特に不思議な体験だったな。

Mummy-D スタジアムライブなんて、あれってもはやいてもいなくても同じだもんね。

宇多丸 そのへんもいまこの瞬間のライブとしてなにかを提示できたんじゃないかな。やむなくやっていることではないというかね。ステージのアートワークにしてもそこをちゃんと理解したうえでつくられているいるし、無観客であることにものすごく意味があると思う。

Mummy-D ライブミュージシャンとして、実際にステージに立って客席に向かってポーズを構えると不思議と満たされるものがあるんだよね。お客さんがひとりもいないのにさ。あれはなんだろう、パブロフの犬みたいなものなのかな? ステージから客席を見るという行為が懐かしくもあって。

宇多丸 俺らにとってのホームだもんね。だいたい所詮はただの時間差なんだよ。このライブをみんななにかしらのかたちで見るのであって、誰も見ないことをやっているわけじゃない。だからなんの問題があるんだよって。

── 映像の後半、ステージの上後方から客席に向かって撮ったショットがやけにエモーショナルで。無観客であるにも関わらず、ふたりはいつもとまったく変わらない態度で客席に向かって働きかけているんですよ。さっきの宇多丸さんの話にもあったように本当に「見えている」のだなと。

Mummy-D ステージに立つとどうしても前に出ちゃうんだよな。ギリギリのところまで出ていって歌わないと自分の気持ちの押し引きでもあるからさ。引いて歌っているとどうもアピールしていないように思えちゃう。

宇多丸 これとは違うやり方、たとえばバンドを円形に組んで、全員内側を向いて演奏する、というようなスタイルもそれはそれで可能だったと思うけど、間違いなく、客席に向かってやるよりもっとレイドバックした感じになっていただろうね。

── 音楽的な成果とはまた別に、このタイミングでライブを行ったことの意義が伝わってくるショットでした。

宇多丸 うん。「Show Must Go On」感が出ていたんじゃないかな。

── なるほど、そのニュアンスはBlu-ray/DVDやCDのアートワークからも汲み取れますよね……そんなところで時間になりました。本日は長丁場にも関わらずありがとうございました。

Mummy-D そうだ、この前インタビューで言い忘れていた大事なことがあって。

── あ、それはぜひよろしくお願いします。

Mummy-D でも今日絶対に話そうと思っていたんだけど、また忘れちゃったんだよ。

── あー……。

Mummy-D それがまた結構いい話なんだ。

── ……まったく心当たりないんですか?

Mummy-D 曲のことじゃなくて考え方みたいな話だからさ。思い出しようがなくて。

── なんとかならないんでしょうか。

Mummy-D うん。どうしても言いたいことだから絶対に思い出すよ。待ってて。

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