イントロダクション

6年ぶりのニューアルバム『Open The Window』が完成するまでの軌跡

── 前作『ダンサブル』から6年ぶりのアルバムという響きに驚きも感じつつ、その実、本当に1曲1曲で濃密にミッションをクリアしながら、RHYMESTERが新しい扉を開いていったことを追体験するような内容になっていて。アルバムを聴き終えて最初に感じたのが、これは2023年然とした作品だなということだったんです。2020年には絶対に生まれ得なかったし、2021年でも、2022年でもない、本当の意味でパンデミック以降の世界を歩き始めようとしている今のリアルな感覚と、新しい扉を開いたRHYMESTERの今が重なるような、そんなアルバムだなと思いました。

Mummy-Dうんうん。ありがとうございます。

── まずはみなさんそれぞれの本作を完成させた率直な実感や手応えをお聞きできれば。

Mummy-Dこのアルバムは要するように、6年間の死闘の記録でもあるんだけど。

── はい。

Mummy-Dもちろん、最初からアルバムの全貌を描いて1曲1曲と向き合っていたわけではなくて。今、三宅くんが言ってくれたように、1曲1曲で新しい課題をクリアしていったその記録みたいな感じなんだよね。だから、まとまりがないのも今作の特徴なのかなとは思っていたんだけど、最終的に『Open The Window』というタイトルが決まって、そこでコンセプトらしきものもあとから見えてきて、曲順を決めたりしているうちに、ちゃんとストーリー性が出たなと思った。ニュアンス的にはどちらかというと、ちょっと安心したというのが正直なところで。「ああ、ちゃんとRHYMESTERのアルバムになったな」という感じ。

── それはもちろん、『Open The Window』というタイトルが決まってから制作したアルバムのための新曲群の存在もかなり大きいでしょうし。

Mummy-Dそうだね。そこに自分たちが言いたいと思っていたサブジェクトを入れ込むことができたから。その他の曲は、たとえばタイアップであったり、何かの主題歌であったり、歌わなきゃいけないサブジェクトが先に決まっていたわけで。それがあって、新曲で今の時代に自分たちが歌いたいサブジェクトを入れることでアルバムとして形になったのかなと思うよね。

── 一連の既発曲もタイアップのお題というミッションと向き合いながら、RHYMESTERにしか言えないサブジェクトをしっかり入れ込んでいることもアルバムに編んだときに浮かび上がってると思ったんですね。RHYMESTERにしか言えないサブジェクトというのは、経年劣化しない、普遍的に効くメッセージでもあり。それを既発曲でも見極めながら1曲1曲をリリースしていたんだなと。

Mummy-Dうん、そうだったらいいなと思う。

── これって並大抵のことじゃないし、それをラップミュージックでありヒップホップというアートフォームで果たしていることにあらためて脱帽するというか。RHYMESTERの曲だから当然のようにそのあたりが担保されているってどこかで麻痺しがちだと思うんだけど、やっぱりこの表現性のすごみは特筆すべきだなと。

Mummy-Dそうだよ!(笑)。

── (笑)。

Mummy-Dけっこう大変なんだぞ!(笑)。

宇多丸しかもね、ただ同じような表現を繰り返していたら、外からは同じ位置にいるようには見えなくなってくるわけで。だから、同じクオリティをキープしているように見えるというのは、そこにすごい計算や努力、奇跡が必要というか。

── まさに。

宇多丸今作は、そういう意味では同じ位置にいないように新しいチャンジをしながら1曲1曲作っていって、でもアルバムにそれを並べてみたら、すごくRHYMESTERらしかった、みたいなことが言えると思います。なんというか、“らしからぬ”を並べたら、すごく“RHYMESTERらしい”アルバムだったみたいな。

── 誰もやっていないチャレンジの連なりを経て、それをアルバムとして組み立ててみたらどこまでもRHYMESTERらしい作品像がそびえ立っていたという。

宇多丸うん。

Mummy-Dそうだね。いろんなことを“なし”にしないで“あり”にしていく方向で自分たちは曲を作ってきてるからさ。そうすると、ありがたくもいろんな話が来ちゃうんだよ。「これにラップ乗せるんですか!?」とか「この番組の主題歌を俺たちがやるんですか!?」とか、危ない話がいっぱい来るわけ(笑)。でも、そこで「ちょっとやめておこうよ」じゃなくて、「じゃあやってみます」と応えるのもRHYMESTERなわけで。これまでもいろんなコラボを死ぬほどやってきたしね。

宇多丸たしかに、たしかに。「初恋の悪魔 Dance With The Devil」は、ソイル(SOIL&"PIMP"SESSIONS)に呼ばれた「Jazzy Conversation」(2013年)なしでは実現しなかったと思うし。「Jazzy Conversation」であそこまでやれたんだから、次はこれくらいできるでしょという暗黙の了解みたいなものもあって。『ウワサの伴奏〜And The Band Played On〜』(2002年)を出したときの反応が、「RHYMESTERもこういうこと(多様なコラボレーション)をやるんですね」という感じで。そこから自分たちの音楽性やコラボのあり方が広がっていったんですけど。今回はあのときに近いような感覚もある。

Mummy-Dそういうタイミングだったのかもね。

── JINさんはいかがですか? 今作が完成した率直な思いというのは。

DJ JIN今、2人が話していたように今回は企画ものも多いし、コラボしてるアーティストの幅もすごいし、本当にバラエティに富んだ内容になっていて。でも、そこに新録の曲も加え、最後に曲順を決めて、マスタリングした状態で聴いてみたときにやっぱり俺もRHYMESTERならではの一貫性を感じられたんですよね。サウンド面でも打ち込みの音もあれば、サンプリングの曲もあるし、生バンドとの曲もあるし、岡村(靖幸)さんのように強固な世界観を持ってる人と一緒に作った曲も入ってるんだけど、RHYMESTERとして筋が通ってるアルバムになってるという。それはマスタリングが終わったときに不思議だなと思ったことで。

── 裏を返せば、マスタリングが終わるまではハラハラしていた部分もありましたか。

DJ JINうん。それは音像も含めてね。それぞれの曲の振れ幅が大きいから、アルバムとしてまとめたときにギャップを感じてしまうこともあるかもしれない、とは危惧していたんだけど。でも、そこはエンジニアさんがしっかりまとめてくれたという安堵感もあり。曲順もみんなでアイデアを出しまくったしね。

── まさにRHYMESTERのアルバムという提示の曲順になっていると思うと同時に、リスナー個々人でプレイリストを組んだらまた違う様相が浮かび上がるだろうなとも思います。

宇多丸おっしゃる通り、今はね、アルバムの曲順って、アーティストから提示するプレイリストというかね。サブスクの時代になってアルバムの意味がなくなるなんて言われ方もしていたけど、結局はやっぱり、アーティスト側から提示する最推奨のプレイリストとして意味がある、というね。アルバムの機能ってまだまだあるなと思いました。それは自分でサブスクを使っていても思うことで。今回の曲順に関しては、最終的にジャッジしたのはクリエイティブディレクターであるDなんだけど。でも、着地するまではみんなでいろんな案を出し合いました。完全にリリース順に並べるというアイデアもあったり。

── ああ、なるほど。

宇多丸それも一見、安直なアイデアなようで、実際に並べてみたらけっこう面白かったりして。

DJ JIN「でも、新録の曲も前のほうに置きたいよね」という話が出たり。

宇多丸そう。そこはアルバムとして何を強調したいかというところで。

Mummy-Dイメージとしては、でっかいマンションにいろんな窓があって、それぞれの部屋にバラバラな人生模様やストーリーがあるんだけど、それがアルバムとして一番気持ちよく聴こえるように意識した曲順という感じで。でも、最終的にリスナーにこういうイメージを持ってほしいとか、そういうこと意図はそんなになかったかな。いや、でも、意味ありげに聴かせたいという意図はあったか(笑)。

宇多丸その言い方はちょっと語弊がある(笑)。やっぱりさ、曲が要請する起承転結があって。たとえば「なめんなよ1989」は絶対に前のほうに置けない曲で。

── 間違いないですね。

宇多丸アルバムの後半に「なめんなよ1989」が来て、その次に「Forever Young」が来るというストーリーの必然性はたしかにあるよね、という。で、この考え方はライブのセットリストを組むのと同じで。オープニングにもってこれる曲は、ケツにももってこれるという法則があるんですよ。その法則からすると、「なめんなよ1989」の次に「Forever Young」が来るのはわかりやすい。でも、たとえば「Open The Window」はアルバムタイトル曲でもあると同時に、メッセージソングでもあるんだけど、これを終盤ではなく、序盤のほうにもってくることで、「これを聴け!」という意思表示をしている感じが出る、とかね。一方で、「After 6」とか「My Runway」のようにアップテンポな曲はアルバムの入口にふさわしいし、「Open The Window」という重たい曲を聴かせたあとに「初恋の悪魔 Dance With The Devil」がドーン!と来て、意外なアクションシーンが始まる、みたいなイメージがあったり。

── バンドサウンドのグルーヴの連続として、「初恋の悪魔 Dance With The Devil」の次に「世界、西原商会の世界! Part 2」が来る必然性も高いと思うし。

宇多丸そうそう。

── 「マクガフィン」の置き位置もかなり難しかったんじゃないかと。

宇多丸そう、これは前のほうに置くという手もあるんだよね(笑)。でも、特に終盤は、これ以外はあり得ないなと曲順になってると思いますね。「待ってろ今から本気出す」でパッと終わるのもいいなと。これだけいろんなことを散々やってきたのに「え!? 今から本気出す!?」と呆れさせて、3バカトリオが旅立っていくという(笑)。

── (笑)。そして、また1曲目の「After 6」に戻ってくるという。それこそ“6”繋がりじゃないですけど、6年ぶりのアルバムという体感はメンバーのみなさんも不思議な感覚があるんじゃないかと思うんですね。世界中の人が2020年からここまでのパンデミック以降のタイム感が狂ってるというのもあるし。

宇多丸たしかに6年って聞くとちょっとギョッとするよね。おっしゃる通りで「コロナ禍の3年間はノーカウントでお願いします」と思うところもあり。だから、実質的な体感は3年ぶりくらいなんだけど、でもやっぱりアルバムが完成してみると6年という時間が必要だったと思う。もちろん、もうちょっと早いスパンでリリースできたらよかったんだろうとは思うけど──決してコロナ禍が明けたわけじゃないけど、少し一段落したこのタイミングでリリースできたのがよかったって正直思う。それはツアーのことを考えてもそうだしね。あとは本当にアルバムの気分的な問題としてもね。

── それは全然違いますよね。

宇多丸うん。6年ぶりのアルバムということに関しては、これからみなさんがこのアルバムをどう受け取るかという判断に任せるところもあるけど、ただべつに止まっていた6年じゃないから。

── そう、トピックはコンスタントにありましたよね。それはこの6年の間に様々なコラボレーションやタイアップの機会をポジティブに昇華してきた証でもあって。別の角度から見たら、コラボレーションやタイアップの機会がなかったら、あるいはこの時代の中でRHYMESTERとしてどういう曲を提示したらいいか精査することに時間を奪われ、逡巡し立ち止まってしまうということもあったかもしれないと想像するんですね。結果論でもあるんだけど、これだけのコラボレーションやタイアップがあったからこそ立ち止まらなかったし、コンスタントにトピックを生み続けられたという。

宇多丸ああ、なるほど。そうかもしれないですね。とにかくありがたいことに次から次へと曲を作るべき機会をもらえたので。そうですね……もしこれがそういう機会がなくて、更地のままコロナ禍に突入して、でもアルバムに向けて曲を作らなきゃとなったときに、「いやでも、これから世の中がどうなっていくか俺らもまだわからねぇよ」みたいな、よくない沼にはまっていた可能性もなくはないよね。そのご指摘はよくRHYMESTERのことをご存知で、という感じなんだけど、俺らはやっぱり「コロナが大変だ」という歌を、その真っ只中に作りたくはないから。

── ですよね。

宇多丸「大変なのはみんな知ってるよ」みたいな。そのときの事象をそのまま表現するよさもあるとは思うけど、俺らはやっぱりさっき三宅さんがおっしゃった通り、それを普遍的な何かに噛み砕いたうえで表現したいというかさ。我々も人間だから、「いや、今はまだ何も言えないっす」という時もいっぱいあるわけで。だから、次から次へとタスクがやって来て、その中に時代の空気や今考えてることを染み込ませていけたから前に進めたというところは、確実にあると思う。たしかにこのやり方、このアルバムの形じゃなかったらもっと時間がかかってたかもしれない。

── という意味でも、2023年らしいアルバムだと思うんですね。

宇多丸うん、その2023年らしいというのはすごくそうだなと思いました。コロナ禍前でもなく、2021年でも、2022年でもなく。すごくそう思います。だから……みんななんとかやり過ごしてきたこの3年と──図らずもというか、必然的にと言うべきか──気分的に一致してるんだなって。要するに、先行きのことをわかって行動してる人なんて誰一人いない中で、その場その場でそれぞれががんばって生きてきました、みたいな。その結果、今がありますという。みんな、そうなんだっていう。だからこそ、この期間は「最初からゴールが見えているようなアルバム」は作れなかったんだよね。

Mummy-Dそうだね。そう思う。

── さらにもっと言えば、2023年にこのアルバムを編むにあたり、パンデミック前にリリースした楽曲群もすべてここに入れていいというジャッジもできたわけじゃないですか。

宇多丸そうですね。

── 「いや、これは今の時代にあまりにもマッチしないからアルバムには入れられない」という曲がなかった。それこそがRHYMESTERの楽曲が持つ強度の核心でもあると思っていて。

宇多丸そうですね。ありがとうございます。『ダーティーサイエンス』(2013年)というアルバムを作ったときも、何か大きな事態があった翌日に聴けなくなるような音楽であってはいけないということが頭にあったけど、それは今もありますよね。その“何か”というのはこちらの想定をはるかに超えてくるから。災害も紛争も。

── 2011年3月、東日本大震災が起こった翌日の「タマフル」(『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』)の生放送、その冒頭で10日前にリリースされた『POP LIFE』に収録されている「そしてまた歌い出す」が流れたときのあの感覚は今でも忘れられなくて。もちろん、美談として強調したいわけではなく、楽曲の強度として。

宇多丸うん、ありがとうございます。「世界、西原商会の世界! Part 2」もさ、コロナ禍のど真ん中に作ってるんですよね。これは歌詞でも言ってるけど、外食産業の応援歌でもあって。だから、コロナ禍に作る曲としても、そこに俺らのバランスがあるというか。

── 実際にアルバムをリリースしようとなったのはどれくらいのタイミングだったんですか?

宇多丸去年の春だったと思います。だからそこからも1年経ってるんだよね。

DJ JINそこから新録をどれくらい入れるかという話もして。

── そのバランスを考えるのも難しくなかったですか?

宇多丸どうだろう? そこは意外とサクサクと決まっていったと記憶してるんだけど。

Mummy-DJQに頼もうというアイデアはわりとすぐに出てた。

宇多丸あとはやっぱりもっと女性と一緒に作る曲を入れないとバランスが悪すぎるなと思ったり。

── ちょっとマッチョなアルバムに寄ってしまうんじゃないかという懸念があった?

宇多丸今回のアルバムがというより、今までがちょっとマンズマンズワールドすぎたかなと思うところもあり。もちろんPUSHIMやCOMA-CHIとか、これまでも女性アーティストとはコラボしてきたんだけども、やっぱり比率としては全然少なかったから。言うまでもなく優れた女性アーティストはたくさんいるし、あとはReiちゃんにしても僕らと一緒にコラボしたいと向こうから言ってくれてたりして。ハイパヨ(hy4_4yh)と今回一緒にやったのはちょっとコロナが関係してくる部分もあるんだけど、彼女たちのパフォーマーとしての力はずっと前から認識していたわけで。ハイパヨはずーっとRHYMESTERを慕ってくれていて。「RHYMESTER関連の曲を何曲出してるんだよ、きみら大丈夫か!?」って思うくらい(笑)。でも、ハイパヨの2人はこれまで歌詞を書いたことがないというから、じゃあこのタイミングで書いてもらうのはすごくいい機会なんじゃないかと。彼女たちのプロデューサーである江崎さん(江崎マサル)が2021年にコロナ感染で亡くなってしまったこともあって、彼女たちにできる真のサポートとして、彼女たちが次のステップを踏むために、このアルバムの1曲で自分たちで歌詞を書いてもらおうとなって。RHYMESTERにとってもハイパヨとコラボすることは必然性と意外性の両方があるし、じゃあ新曲のコラボ相手はJQとReiちゃんと、ハイパヨでいけるねとなって。

Mummy-D俺はね、今回のアルバムはどう転ぼうが振れ幅の大きさからいってとっ散らかるのは決まってるんだから、だったらやりたいことをとことんやっちゃおうと思ってた。Reiちゃんやハイパヨとのコラボもそうだし、JQのようなアーティストに今までの俺らにはないセンスを入れてもらうこともそう。ここで無理にバランスを取ってRHYMESTERらしい男気ファンクとかを入れてもしょうがないじゃんっていうかさ(笑)。普段だったらちょっと躊躇するようなこともこのアルバムだから全部やっちまえって感じだった。

宇多丸たしかに、たしかに。

Mummy-Dもっとバラバラになるように目指していった。だってそれまでもてんこ盛りでコラボやタイアップをやってきて、そこにさらに加える3曲が全部フィーチャリング曲って、バランスを取ろうとするならあり得ないよね(笑)。もし“らしさ”取るんだったら、俺らだけで3曲作るよ。

宇多丸ところがさ、この3曲が結果的にアルバムのすごい接着剤になっていて。

── サウンドとしても、歌詞のメッセージとしてもね。

宇多丸そう。それも事前に計算していたのではなく、結果的にそうなったんだけど。

── 時系列としては、3曲の中では「Open The Window」が最初に進んでいったんですか?

宇多丸これがですね、この曲のミーティングを最初にしたんだけど、出来上がったのは最後なんです。それは主に俺のせいなんだけど。完成までほとんど1年かかりました。

── それはやっぱりリリックが難航した?

宇多丸そうです。俺のせいです。

── きっとさっき話していたことと繋がる部分ですよね? 今この時点で何を歌うべきかという部分に難儀したという。

宇多丸本当にそうだね。普遍的な曲にしようという意識が強すぎて、ぼんやりしてしまってなんのための曲だかわからなくなったとか、そういう苦悩もあったりして。

── そこまで時間を費やした曲って今までありましたか?

宇多丸「B-BOYイズム」がそうですね。「Open The Window」と「B-BOYイズム」では全然プロセスが違うけどね。

── じゃあDさんとJINさんは宇多さんの歌詞が書き上がるのをずっと待ってたんですね。

Mummy-Dうん、もう出ないんじゃないかと思ったもん。ちょっと扱いきれないサブジェクトだったのかっていう。

宇多丸サーセン。待ってくれてありがとうございます。でも、詳しくは各曲の話で言うけど、JQのトラックのブラッシュアップ具合がヤバくて。歌詞の中身に合わせてアレンジも最終的に仕上げてくれて。細かい部分で「ここの歌詞がこうだったら、こういうアレンジになってなかったと思います」みたいな。こちらが投げたものに対してJQが全力で返してくれたんです。途中で夏フェスの現場でNulbarichと一緒になって。そのときにJQに「本当にゴメン! もうちょっと待って!」っていうやり取りがあったり。

DJ JINそう考えると、本当にどれも1曲入魂スタイルだったというか。さっき6年の間にいろんな曲を作ってきたからアルバムに入れたくない曲が出てくる可能性もあったんじゃないかという話もあったけど、今思い返すと1曲も欠くことができなかったと思うし、新録も含めてどれが欠けていても「あ、何か足りない」ってなっていたと思う。それはやっぱり1曲1曲を誠実に作ってきた証拠だと思えるし、一期一会のコラボレーションができたなと思う。

── この6年間で国内外のポップミュージックでありラップミュージックの様相もまた大きく変化していきましたが、このアルバムを聴いて思うのは、サウンドプロダクションや音像の面においてもやっぱりRHYMESTERだからこそ形象化できるグルーヴのすごみを見極めてるということで。

DJ JIN長いこと音楽をやっている中で、若い子の感覚やセンスはすごいなと思うけど、やっぱりRHYMESTERは毎回、自分たちがやれることをやるだけというか。それは、今まで積み上げてきたものを研ぎ澄ませていくことでもあって。もちろん、今どきのニュアンスを取り入れることもあるんだけど、それはニュアンス程度に留めたほうがいいと思うし。あとは、ミックスをやってくれているD.O.I.くんを始めとするエンジニアさんたちが今どきの音にガツッとまとめてくれるという心強さもあるから。自分たちが今まで蓄積したグルーヴは下の世代の子たちには出せないという自負もあるしね。その自負とキャリアがあるから、これだけのメンツと一緒にコラボできるというのもある。そこは常に己を信じてるというか。RHYMESTERはチームとして音楽のグルーヴがなんたるかを理解してる人たちが集まってるから。みんなが納得すればそれはどの時代にも通用するなと思ってます。

宇多丸しかもJINはクラブDJとしてもずっと現場にいるからね。

DJ JINうん。3人それぞれの活動のフィールドでちゃんと時代の空気を呼吸してるから。それが合わさるとやっぱり強いなと思いますよ。

Mummy-D今、ずっと考えてたんだけど、もちろん現行の音楽も聴いてるし好きだけど、だからといってそれをいきなり導入するということではなくて。そこはJINも言ってくれたように、今っぽい音像はエンジニアたちに任せます、と。あとは、それこそ、今回だったらJQに担ってもらう部分があったり。その任せ方が前より上手くなってると思う。俺たちのアルバムはわかりやすいと思うんだよ。じゃあアートワークはデザイナーに謎多きものにしてもらおうとかね(笑)。そういう計算が前よりできるようになってきたというのは、ある。もちろん、自分はラッパーだから新しいラップの乗せ方は常に研究してる。でも、トラップをいきなり導入しようとかそういうことではないんだよね。

── そこですよね。

Mummy-Dたとえばそれは昔ながらのブーンバップなヒップホップでも今やっていいものと、やっちゃいけないものがあって。そのへんはおじさんの懐古趣味にならないように注意もしていて。

── 「なめんなよ1989」のビートもまさにそうですよね。

Mummy-Dそうそう。

DJ JINうん。1989年から90年代初頭のあのビートの感じを今作り直したらどういう感じがベストとか、そういう見極めはしてるよね。

Mummy-D鳴りは今っぽくしていてね。

宇多丸そこは今、2人が言ってくれたように、音像で「今」感を担保する時代だから。この格好をしてるからダサいとか、そういうことじゃないんだよね。70年代風なら、70年代のこの感じのコーディネートはカッコいいとか、そういうニュアンスがあって。つまり、ジャンルごとにダサさがあるわけじゃなくて、その中の研ぎ澄ませ方にセンスが問われる時代だと俺は思うんだよ。そこで「特定のジャンルをやらないからダサいとか言ってる、おまえがダサいんだよ」という話で。「今は細身のパンツでしょ」とかそういうことじゃない。ラッパズボンを履いていてもカッコいいやつはカッコいいんだよ、っていうことだと思います。

〜『Open The Window』全曲解説〜

01. After 6

(TBSラジオ「アフター6ジャンクション」テーマ曲)

Produced by DJ JIN

── 『Open The Window』のフェイズにおいて最初に世に放たれた曲であり、自分も含めて音源のフルバージョンのみならず2018年4月の番組スタートから『アトロク』(『アフター6ジャンクション』)のオープニングで何度聴いたかわからないというリスナーが多いと思います。そして、このアーバンディスコなビートで『Open The Window』の幕が開ける高揚感もやはり特別なものがあって。

DJ JIN『アフター6ジャンクション』がスタートするにあたり、RHYMESTERで番組のテーマソングを作るというお題から始まって。サウンドのモチーフ的には宇多丸のほうからいろいろリファレンスをもらって曲を作り出したね。

宇多丸4つ打ちで、シンセを主体にしたブギーなダンスチューンで、とか。イントロと冒頭のセクションがあって、ここで(番組のメインパーソナリティとして)しゃべり出す、みたいなイメージも伝えて。最初に今も番組で毎日流れてるショートバージョンを作りました。Dにサビを書いてもらって。ヴァースは僕がメインで書いて、「掛け合いにしよう」と。で、番組がスタートする前にフルバージョンも作り始めたという流れです。

── この曲、何度聴いても飽きないのが本当にすごいなと。

宇多丸うん。そこが本当によかった。味がしっかり付いてるのに飽きない、というバランスって、なかなか難しいんだよね。

DJ JIN毎日食べるからね(笑)。

宇多丸味が濃すぎてもダメだし。

── こういう本当の意味でクラシックな曲が早めに生まれていたことは、アルバムにとっても非常に大きかったと思うんですね。しかも結果的にアルバムのオープニングナンバーにもなっているわけで。

宇多丸そうだね。

DJ JINたしかに。サウンド的には自分がクラブの現場で長年かけてきたクラシックな曲の響き──やっぱりDJとして永遠に残るような曲をかけ続けていたいから。そこにRHYMESTERとしてもちょっとでも近づきたいし、そういう曲たちのエッセンスもモチーフになっていて。そのモチーフを上手いこと組み立てられたかなと思います。

Mummy-D「After 6」は本当にラッキーな曲で。みんなで狙ったことが泥沼にはまることはなくスコーン!と形にできて。今思い返すと、めちゃくちゃ細かい穴に糸を通すような作業でもあったと思うんだけど。でも、当時はそこまで気負わないでできちゃったなと思っていて。もともとね、こういうサウンドであり音像は宇多さんがすごく好きなもので。もちろんJINも俺も好きだし。だから必然的に上手くいったなとも思う。ブギーっぽい曲は2018年時点でも流行ってはいたけど、俺たちはもともと好きだから。「早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシー」出身の僕たちとしては、ね(笑)。あ、そうそう、話して思い出したけど、この曲を作ってたときはよくタキシードとか聴いてたしね。

── タキシードの2ndアルバム(『TuxeDo Ⅱ』)が2017年リリースで。

宇多丸ツアー中、大阪にタキシードが来てるってことで、みんなで彼らがDJするクラブイベントに遊びに行ったりしたこともあったよね。

Mummy-Dそういうこともありつつ、ラジオで毎日流れる曲ということは頭の中にあったから、いい感じにサビも意味を抜かなきゃなと思って。サビで耳に引っかかってもしょうがないから、いい塩梅で聴き流せるようにいつもより慎重に書いた記憶がある。

宇多丸俺自身も毎日聴くわけだから。だから、最初の1ヶ月が経って「大丈夫だ」、3ヶ月経って「大丈夫だ!」、1年経って「大丈夫だ!!」、そして5年経っても「大丈夫だ!!!」みたいな。

─同 (笑)。

宇多丸今となってはもう番組のテーマ曲を変えるのも違うと思うというかね。それこそ5年くらい経ったら変えるのかなと思ってたんだけど、「いや、ちょっとそれは考えづらいな」みたいな。時間帯もピッタリだからさ。これが9時(21時)スタートの番組だったらまた全然違う曲になってたと思うし。

── リリックもフロウも含めてこのバランスは絶妙ですよね。

宇多丸まだ番組がスタートする前に作ったわけだから、こういう番組になったらいいなという理念も歌詞に乗せてるわけだけど。Dさんはそれこそ、フロウで今っぽいアプローチもしてるわけじゃん。

── トラップ以降の3連符を意識したフロウですよね。

Mummy-Dそうだね。BPMが120弱なので、それを半分でとったらトラップ的なフロウが乗るぞと思って。これはさっきの自分たちならではの表現方法の話にも繋がってくるかもしれないけど、ただトラップをやるんじゃなくて、トラップのフロウだけを持ってくるという発想だね。

宇多丸加えて、ライブだとさ、これもDの指定で、ここのフロウを縦フェーダーでミュートすることで、強烈なヘッドバンギング効果を生んでいて。この曲はいい意味でスーッと流れていく構造を持ってるんだけど、こういうライブならではの効果を生めたのもうれしかったです。

02. My Runway feat. Rei

(新録曲)

Produced by Mr. Drunk, Rei

── 個人的には新録の中でも一番意外性のコラボレーションでもありました。そして、ブギーファンクなビートでここまでリスナーをエンパワーメントする曲が生まれたことにめちゃくちゃグッときました。

宇多丸意外性もありましたか? でも、Reiちゃんは『アトロク』のライブコーナー(「LIVE & DIRECT」)に3回くらい出てくれていて。最初に出てくれたときからかな、「いつかRHYMESTERと一緒にやりたいです」っておっしゃってくださっていたし、僕も『アトロク』でスタジオライブを観たときに「ああ、これは絶対に手が合うな」と思ったんです。もともとReiちゃんはブルーズがルーツにある方だし、我々の骨太な面ともかなり合うだろうなと。最初にそう思ったのは「BLACK BANANA」という曲で。ギター1本で、スタジオで目の前で演奏してくれたんだけど、ベースにおけるスラップ的な奏法も織り交ぜつつ、「これならビートレスでも、俺とDがラップを乗せたらそのまま曲になっちゃうな」と思ったりして。でも、いざReiちゃんにオファーしたら、「もちろん、それもできます」という感じだったけど、「せっかくRHYMESTERとコラボするなら、自分が今までやったことのないアプローチをしてみたい」という要望をもらって。それこそ彼女も新しい扉を開けたいんだと思ったんです。そこから彼女もデモトラックを出してくれたり、Dもビートを渡したりしながら、どういう方向性でいくか探るところから始まって。

── むしろ彼女の高いモチベーションにRHYMESTERが呼応していったという。

Mummy-DReiちゃん、めっちゃ気合入ってたよ!

宇多丸そうそう。気合の入ったデモを山ほど送ってくれて。DはDでビートからインスパイアされる部分もあるだろうからという感じで2人でやり取りしてもらう時間を設けたり。で、1回スタジオに入ってみたときに「My Runway」の基盤となるトラックを聴かせてもらったんです。僕は僕で横でReiちゃんの様子を見ていて、このトラックをかけたとき、Reiちゃんのテンションがちょっと高くなったのを感じたので。「今一番やりたいの、これでしょ!?」みたいな(笑)。このトラックの感じだったら、もともと温めていたアイデアをテーマにもできるなと。

── ランウェイを歩くように日々を、この時代を、この街を堂々と闊歩するという。

宇多丸そう。「毎日、道を歩くときはランウェイのように胸を張って歩け」というのは俺の信条でもあるんだけど、ずっとそういう歌を作りたいと思っていて。

Mummy-Dこのトラックは、Reiちゃんがいつも録ってるスタジオに行って作り上げていって。彼女がよく仕事しているアタカさん(Ataka Hideki)さんというアレンジャーでありエンジニアの方がいるんだけど、その人が細かく打ち込みをしながら彼女の頭の中に鳴っているものを具現化する役割を担っていて。アタカさんと相談しながら少しずつ構築していった感じ。

── 生ベースを弾いてるのはOKAMOTO’Sのハマくん(ハマ・オカモト)で。

Mummy-Dそう。Reiちゃん的にもこのディスコ感のあるファンクなトラックは新しい挑戦だったみたいで。それなら、ベースはそういうサウンドが得意な人を呼ぼうとなって、ハマくんにオファーして。

DJ JINハマくんは「Forever Young」も弾いてくれてるしね。

── Reiちゃん自身もきっとこの曲の歌詞のトピックと向き合いながら鼓舞されるところがあったんじゃないかと想像します。

Mummy-Dうん。最初に「こういう歌詞のトピックがあるんだけど」って言ったら、すごくいい反応があったからね。「これは私の曲だ」って思ってくれたんじゃないかな。歌詞の内容とここまで真剣に向き合ってくれる人もなかなかいないんじゃないかというくらい。

宇多丸本当に魂を削って書いてくれたから。歌詞の中身のやり取りもかなり細かくやって。それこそ彼女側から、「もっとブラッシュアップしてください!」という意向も受け取ったし。そういうガチのやり取りがありましたね。歌詞のトピックに関しては、俺自身は異性愛の男性でマジョリティ側ではあるんだけど、それでもこのタイミングでどうしても、性的マイノリティの人たちが作り上げたカルチャーにリスペクトを捧げたいという思いが個人的にはあって。だから〈いっそヴォーグみたいにPose〉というようなリリックを書いたり、4つ打ちのダンスミュージックカルチャーが生まれた背景とかを入れ込んだりしたんです。

── 70年代後半のニューヨークで黒人やヒスパニック系の人々でありクィア発のカルチャーを照らした〈パラダイス・ガレージ〉というネームドロップしかり。

宇多丸そうそう。ヒップホップカルチャーとゲイカルチャーやLGBTQコミュニティは、形成された時代や場所も近くて、パラレルに進んできたものでもあるから。本当にめちゃくちゃギリギリのところで生きてる人たちのために必要なメッセージについて考えたいと思ったし、引いてはそれは我々全員にも言えることだと思って。そんな感じでヒップホップサイドからゲイカルチャーやLGBTQコミュニティに対するリスペクトを表明したかった、というのが、個人的な裏テーマとしてありますね。僕はずっとハウスもすごく好きなんだけど、同じストリートカルチャーとして、ヒップホップと同じくらい、あるいはもっとハードなマイノリティの側面もあると思うし。でもその分、強い姿勢を持ってるなって。どれだけ白い目で見られたって自分が好きな自分でいるために胸を張る、というかさ。だから、この曲はそういう歌になればいいなと思って。こちらの尊厳を何かと踏みにじってくる世界に対抗するための歌、というか。

Mummy-D場面説明は宇多さんに任せて、俺はもっと歌詞で内側の話をすることを意識して。俺としては珍しく概念的な話を自分に言い聞かせてるというか。そこにReiちゃんの立ち位置などもいろいろと汲み取りながら。「Runway」じゃなくて、「My Runway」なのが重要で。

宇多丸たしかに。

── 冒頭の〈どこを歩いてるかじゃないんだ どう歩いてるかなんだ〉という。

Mummy-Dうん。「晴れ舞台に立て!」じゃない。同じ仕事をしていてもさ、その仕事にプライドを持ってるやつと持ってないやつでは全然意味が違ってくるじゃん? だから“自分のランウェイ”を持つことが大事なわけで。俺らもそんなに華々しい道を歩いてきたわけではないし、Reiちゃんだって「もっと認められたい!」という熱量が絶対にあると思うから。あんな本物すぎるアーティストはそういう苦悩もあると思うんだよ。だから、そのあたりも汲み取りながら、俺たち自身も鼓舞しながら、説得力のあるリリックにしたいと思った。

── 〈首のアイスのプライスは関係ねえ 満ち足りてるかなんだ〉というラインも痺れますね。

Mummy-DReiちゃんは「〈首のアイスのプライス〉の意味がわからなかったから、ラッパーの友だちに聞いてみたんです。そしたら、意味を知ってすごくカッコいいと思いました」って。Ryohuあたりに聞いたのかなと(笑)。

DJ JIN俺はクラブミュージックっぽいエフェクトをかけさせてもらったりしたんだけど、自宅で作業してるときに何度も曲を聴きながら、この曲のスケールのデカさを思い知っていったというかね。オーラが出まくってるReiちゃんの存在感のデカさにも圧倒されて。そのあと曲を作っていく制作の過程や彼女の思いを知って「尊い!」と思った。

03. Open The Window feat. JQ from Nulbarich

(新録曲)

Produced by Jeremy Quartus

── さきほど宇多さんが歌詞を書き上げるまでに1年費やしたというエピソードについて驚きはしたけど、この曲が時代をダイレクトに反映したプロテストソングでもあること、そして、結果的にアルバムの表題曲になっていることも含めてなるほど、と合点がいくところもあって。まずはJQ氏にオファーする流れの話から聞けたらと思います。

Mummy-D俺が前にNulbarichのアルバムの曲(『NEW GRAVITY』収録の「Be Alright feat. Mummy-D」/2021年)にフィーチャリングで参加して。そこで親交を深めて、お互いのプロデューサー気質を確認し合ったというか(笑)。彼も非常に職人気質で、なおかつヒップホップのことをすげぇ深く理解していて。それもあって、これはRHYMESTERでもお願いしたいなと思ったんだよね。あとはお互いレーベルのディレクターが同じという繋がりもあり。

宇多丸それこそね、彼は音楽的にも“今の世界基準”をダイレクトに持ち込んでくれるわけで。

── 拠点を置くLAでリアルにUSの音楽シーンの体感してますし。

Mummy-Dうん。まず、会って話したときにこちらから「こういう感じで」というリクエストを出したんだっけ?

DJ JIN出してない(笑)。

Mummy-D言ってないよね(笑)。

宇多丸僕らも最初から彼のセンスでRHYMESTERをどう料理してくれるのか期待していた部分も大きくて。

── その段階ではこういうテーマの曲にしたいというトピックの話もなく?

Mummy-Dそうだね。いわゆる反戦歌的なテーマの話は出てない。

宇多丸アンセムにしたい、というくらい。RHYMESTERの熱いラップからサビがドーン!と来て、みんなで手を挙げるイメージ、とか。

── シルク・ソニック(ブルーノ・マーズ&アンダーソン・パーク)なども想起しつつ、ドラムの鳴りはオールドスクールな感触もあって、ラストのあえて汚された音像の意匠も含めて、現代的なポップスとしての鳴りと、ヒップホップ的な鳴りな共存しているトラックだと思います。

宇多丸ね。でも、こういうサウンドはNulbarichにもないじゃん、っていう(笑)。最後にここまで魔法をかけてくれたJQのプロデューサーとしてのすごさというか。そんな感じで最初は歌詞のトピックもぼんやりしていたんだけど、そうこうしているうちにロシアによるウクライナ侵攻が起こってしまって。でも、JQから最初にもらったトラックの時点でちょっとシリアスな匂いがあったよね?

Mummy-Dそうだね。ピアノ主体だったから、シリアスに感情を刺激するような感じはあった。

宇多丸そういうトラックじゃなければシリアスなトピックでいこうとは思わなかったかもしれない。そこで、俺たちの歩みにまつわる重々しいトピックは「ONCE AGAIN」でやってるし、自分たちの話はもういいよ、という感じもあって。あとはやっぱりウクライナ侵攻のショックがすごく大きかったんだよね。まだ「Open The Window」というキーワードも出てない段階で俺たちだけでミーティングしたときにそれは言った記憶がある。

Mummy-D最初に宇多さんは「前から温めていた『My Runway』のサブジェクトをこの曲に当てるのはどうかな」?という話もしていたんだけど、「それはもっとキャットウォークにピッタリなテンポの曲でやったほうがいいよ」って俺が言って。

宇多丸そりゃそうだ。

Mummy-D俺は最初のデモを聴いたときにシリアスではあるんだけど、すごく光を感じたんだよね。

DJ JINサビの展開に?

Mummy-Dいや、どちらかというと、ヴァースのほうに。なんていうか、解決しないで進んでいく感じなんだけど、すごく光を感じたというか。僕ら的にウクライナ侵攻が始まってから、それについて歌う気持ちが抑えられなくなっていて。だったら、僕らなりの反戦歌にできないかと。それでまずは俺がヴァースから書き始めたという感じだね。

宇多丸JQも、それが曲としてキャッチーであるかどうかは置いておいても、やっぱりどうしても歌いたいことを歌うべきだよなと思ったらしいです。で、そこから俺が書けなくてすみませんという感じなんだけど。なんでそこまで時間がかかったのか、その要因はいくつかあるんだけど。まず、Dがストレートに状況に対して書いてくれて。「My Runway」とは逆のパターンで、今度は俺のヴァースでさらにトピックの本質に入り込んでいかないといけなかった。ウクライナ侵攻に対して「なんでこんなことになるんだよ!?」と思うこともそう。「戦争反対」という気持ちは多くの人が口にすることなんだけど、それでも起こってしまうということ。ロシアの国民だってこんな状況を望んでる人はむしろ少ないかもしれない。でも、止められないということだったり。翻って、日本の社会問題に置き換えても、大元には人権軽視があるよなって。自分と違う人は排除していいとか、弱い人は踏みつぶしていいという社会が機能してしまうと、それをよしとする国になるということじゃないですか。この曲の歌詞はそういうことも含めた“俺たちの話”を書かないといけないと思って。でも、書いては「なんか偉そうだな」とか「いや、違う」とか、テーマの掘り下げや角度の精査に時間がかかってしまった。あとは(フロウの)アプローチにも悩んだし。両面ですごく悩んじゃって。長々としゃべってごめんなさいね。

── いえ、とんでもないです。続けてください。

宇多丸それで去年の秋くらいに、この曲のことと、今回のアルバムをどうまとめるかということを同時に考えていたときに、「Open The Window」というワードを思いついて。結局、じゃあどうすればいいのかということを一言で比喩的に表現するなら、“風通し”だよな、“窓”だよなと思って。それで、レコーディングの合間の飯のときにDに「実はこういうことを思いついたのですが」と伝えて。Dも「いいね」って言ってくれて。じゃあこれを「Open The Window」という曲にするなら、とスイッチが入ったときに、ようやく歌詞の正解が見えた感じで。

── 「Open The Window」というワードは降りてきたというわけではなく、考え抜いた先にあった言葉だった。

宇多丸うん、理詰めで考えぬいた結果ですね。それで世の中がよくなるとは言えないけど、少なくとも窓を開けて知らなかったことを知るとか、他の人の立場に思いを馳せるとか、そういうことからしか始まらないよなと思って。自分としても、今までであまりに他者の痛みに鈍感すぎたという反省もあって。だからこそ、まずは窓を開けないことには始まらないと思ったし。

── その行為が微かでも光明を呼び込むかもしれないし。

宇多丸うん。窓を閉じていた時代よりは絶対にいいし、風通しをよくすることはそれ自体が進歩じゃんっていう。そういうギリギリの希望というかね。「あ、これなら胸を張って言える」と思った。Dもそれに合わせてヴァースを一部書き直してくれて。そしたら、JQがサビの歌詞を、彼にとっては初となるオール日本語で書いてくれて。「うわっ、本気できてくれた」と思った。さっきのReiちゃんの話とも重なるけど、雰囲気で流さないという強い意思を感じましたね。

── Dさん、ご自身のヴァースについてはどうですか?

Mummy-Dやっぱり自分ひとりで考えていたら、反戦歌に「Open The Window」というタイトルは付けられないからね。でも、あまりに直球だと重くなりすぎちゃうし、歌いたいことを“物”に代表させようと思って。

── それがスマホであり。

Mummy-Dそう。あとは、Reiちゃんと同じくJQも歌詞についてグイグイ意見を言ってくれて。歳を重ねると言ってくれる人もどんどん少なくなるからさ(笑)。うれしかったですよ。ちゃんと的確だしね。とにかくJQのトラックの仕上げ方がすごかったですね。感動した。

宇多丸シリアスな曲だけど、ひとつのアートにも昇華してくれて。

DJ JIN俺は最終的なJQのアレンジが届いたときにこれはものすごく大事な曲ができると思った。RHYMESTER流のメッセージソングっていろんな曲があるけど、いずれも到達点がすごく高いところまで届いてると思っていて。この曲もさらに予想を超えたというかね。本当にRHYMESTERの歴史にとっても重要な曲ができたなと思いました。

04. 初恋の悪魔 -Dance With The Devil- SOIL&"PIMP"SESSIONSに RHYMESTERを添えて

(日テレ系ドラマ『初恋の悪魔』最終章テーマ曲)

Produced by SOIL&”PIMP”SESSIONS, Mr. Drunk

── この曲の制作もかなりスリリングだったんですよね。

Mummy-Dそう。まずは、ドラマ「初恋の悪魔」の主題歌として、ソイルのオリジナルインストバージョンがあって。それをさらにもうひと盛り上がりさせたいということで、ソイルからラップバージョンも作れないかという案が出てきたと。だったら、RHYMESTERを呼ぼうとなったと。

宇多丸それがドラマの初回放送の4日前だっけ?

Mummy-Dそう。

宇多丸なのに、ドラマのオンエア中にラップバージョンも間に合わせたいと。やる、やらないじゃなくて、「どういうつもりだ!?」というね(笑)。

Mummy-D(ソイルの)社長に電話したよ。「どういうつもり!?」って(笑)。タブさん(タブゾンビ)にも電話して。まぁ、でも「やります」となり(笑)。俺らとしてもね、坂元裕二さん脚本のドラマ作品でさ、面白くないわけがないでしょ?

── 坂元さん脚本作品といえば、Dさんも『カルテット』(2017年)に出演したご縁もありますし。

Mummy-Dそれもあるしね。ソイルの曲もカッコいいし、そりゃ絡みたいですよ。インストとして成立している曲にラップを付けるのは難しいだろうけど、「そりゃやりたいよ!」っていう。でも、(スケジュール的に)「どういうことだよ!?」っていうね(笑)。

宇多丸しかもその時点で4話くらいまでしか台本も手に入らないと。坂元さんはギリギリまで最終話まで書かないらしいしね。それもあって、ずっと映画の脚本は長年やってこなかったみたいで。

Mummy-D歌詞を急いで書かないといけなかいから、俺、ちょっと坂元さんにDMしかけたからね(笑)。でも、そこはもの作りをする人間同士、それをやったら反則だろうと思って。俺らなりの解釈で、若干ドラマの流れとはズレてもいいから面白いものにしなきゃいけないなと思った。だから、『初恋の悪魔』というドラマのタイトルや途中までの展開、出演者のキャラとかを膨らませながら作っていった感じ。駆け引きだよね。

宇多丸Dが言ってる通り、現状ある材料をもとにリモートで──当時はまだリモートの状況だったので、「『初恋の悪魔』というタイトルってどういう意味だと思う?」という解釈を話し合って。そこから、「“悪魔”というのは自分たちの中にある理不尽な何かだよな。そこに否応なくハマってしまうみたいなことだよね」という話になり。さらにDが「Dance With The Devil」という慣用句があると教えてくれて。そこに音楽のメタファーを絡めて歌詞を構築していったという感じで。

── そこに宇多さんのシネフィルとしてのネームドロップも盛り込んで。

宇多丸そうだね。主演の林遣都さんの役柄は誰がどう見たってヒッチコックの『裏窓』(1954年)のオマージュだし。そういう解釈の方向が自分たちの中でも決まってからは楽しかった。トラックも普通にはラップを乗せられないんだけど、そこも含めて遊べたというかね。「終盤のピアノソロもけっこう尺あるけど、どうするの?」って思ったけど、Dからピアノのフレーズに沿って掛け合いをするという提案があって。

Mummy-D俺、スタジオに行って社長に確認したんだよ。「ここ、ピアノと一緒にユニゾンでラップしろってこと?」って。そしたら「そうなりますかね」だって(笑)。

宇多丸でも、ピアノのフレーズをラップの掛け合いでなぞるのはあまり聴いたことがないから面白いかも、となり。それも俺らにしかできないだろうし。そうだ、その前にサビを先にDが録ったんだけど。あの1拍目を抜いたすごいサビを。さすがだなと思いましたね。

Mummy-Dありがとうございます(笑)。大変だったけど、楽しい挑戦だらけだったよね。掛け合いで言うと、『ダンサブル』のときからラップの掛け合いを重視するようになったのね。「Back & Forth」しかり。キャリアを重ねて、RHYMESTERとしてはそこまで個を主張しなくてもいいだろうという気分になってるのかなと思う。それよりも2MC1DJにしかできない芸を高めようという気分に今どんどんなってるのかなと。その意識は「世界!西原商会の世界 Part2」にも活かされてる。

宇多丸難しいんだけどね。

Mummy-D難しいんだけど、その難しさを楽しめると段階に来たなと。

DJ JINアルバムの流れとしても、「Open The Window」で一区切りして、そこからパンチ力のある流れにパンッ!と変えることができてるなと。2人に対しては、この生音に対して時間がない中でハードルも高い中、よく仕上げたなと思います。

── JINさんのスクラッチもかなり効果的に入っていて。

DJ JIN「スケジュール的にこのへんでスクラッチ録りかな?」って予測して待機してました(笑)。

05. 世界、西原商会の世界! Part2 逆featuring CRAZY KEN BAND

(西原商会CFソング)

Remix Produced by Mr. Drunk

宇多丸そもそも西原商会の現社長の西原一将さん──俺らは彼が会社を継いで2代目社長になるはるか昔からの友だちなんです。

── それもまた不思議なご縁というか。

宇多丸僕らは“西くん”って呼んでるんだけど、とにかく彼は音楽好きで。彼がまだ違う会社の社員だったころにオーガナイザーとして企画したDJイベントに我々が呼ばれて出たりもしていて。西くんは、CKBの剣さんもそうだし、須永辰緒さんとも仲がよくて。昔から音楽業界にも顔が広い面白い人なんです。そもそもCKBに社歌を依頼してる時点で面白い人じゃないですか(笑)。

── 間違いないですね(笑)。

宇多丸しかもCKBが創業40周年に作ったオリジナルの「世界、西原商会の世界!」(2014年)は社歌として社員の人たちにもめちゃくちゃ愛されていて。オリジナルの社歌にはもともといろんなバージョンがあるんだけど、西くんも満を持して創業50周年のタイイングで我々にラップバージョンをオファーしたという。

Mummy-Dこのオファーは2019年の47都道府県ツアー中にもらったんだよね。その前に「After 6」と「待ってろ今から本気出す」を作ってるんだけど、うっすらと「次のアルバムどうなるんだろ?」って考えていて。この曲のオファーが来たときにこれは絶対にまとまりのないアルバムになるから、逆にまとめることをあきらめられるし、わかりやすくまとまりがないアルバムにできると思ったの(笑)。だからもう、思いっきり遊んじゃおうという感じ。で、CKBの「世界、西原商会の世界!」がまた聴けば聴くほどよくできていて。社歌としてものすごくキャッチーだし、チャーミングだし、ちゃんとCKBの世界観にもハマっていて、音楽的なクオリティもかなり高い。だからこそ、ラップバージョンを作るにあたり、「初恋の悪魔」と同じように「これをどうしろと!?」とも思ったんだけど(笑)。それで西くんに相談したんだよね。そしたら、新しい曲を作るというよりは、オリジナルの上にシンプルにラップを乗せてほしいということだったので。じゃあわかりやすくヒップホップコスプレをするという意味でも、ランDMCみたいなスタイルでやったら面白いかもしれないと思って。ということで、参考にすべきは構造としても「Walk This Way」だなと思って。

── なるほど!(笑)。

Mummy-Dわかりやすい2MC1DJスタイルで、掛け合いをしようと。あとは、今までコラボしたいろんな技も入っていて。たとえばサビで剣さんのボーカルを一部活かしてるのは、たとえば(忌野)清志郎さんのデビュー35周年プロジェクトのときに忌野清志郎 featuring RHYMESTERとしてリリースした「雨上がりの夜空に 35」(2005年)で成功したパターンをもう1回やってみたり。“コラボ番長”RHYMESTERとしの技をいろいろ入れてる。

宇多丸2MCとしてはこれだけ全編、満遍なく掛け合いしてる曲はちょっと他にないくらいだしね。どっちのヴァースという概念もないくらい。あとは、JINの“針小棒大スタイル”の語りパートですよ(笑)。

── 針小棒大(笑)。これもまた「肉体関係 part 2 逆featuring クレイジーケンバンド」(2002年)のセルフオマージュ的な。

DJ JINそうそう。完全に「肉体関係 part 2」を踏まえて。この曲はいろいろ乗っけちゃえとなった時点で、「出動します!」という感じで(笑)。漢字、熟語多めスタイルでね。

── さらに、MVはまさかのサンライズ制作という。

宇多丸これは本当にあり得ない! 西くんがガンダム好きだから実現したという(笑)。サンライズのフルアニメーションですからね。贅沢すぎる。この曲を制作しているときってコロナ禍の真っ只中だから。外食産業の食品卸である西原商会はかなり打撃を食らっていたわけですよ。でも、そこで後退するんじゃなくて、攻めにいくのが西くんぽいというか。本当にカッコいいと思う。あんまり褒めすぎるのもアレだけど(笑)。

Mummy-Dまぁ、でも彼は本当に社長の器だよね。

06. 2000なんちゃら宇宙の旅

(Eテレアニメ『宇宙なんちゃらこてつくん』主題歌)

Produced by DJ JIN

── 続いてEテレアニメの主題歌という、あらためて、濃いタイアップナンバーが続きますね(笑)。

Mummy-Dこの曲も難しかった!(笑)。そもそものきっかけは、10年くらい前にEテレで若者の就職の手助けになるような職業紹介の番組(『あしたをつかめ〜しごともくらしも〜』)のナレーションを俺がやってたの。その番組のテーマソングとして「The Choice Is Yours」を使ってもらって。むしろ、その番組のプロデューサーが「The Choice Is Yours」を気に入って、ナレーション仕事の話もオファーしてもらったんだけど。その人がもう一度RHYMESTERと仕事したいという感じで持ってきてくれた話が、『宇宙なんちゃら こてつくん』の主題歌で。俺も俺で「いつか『みんなのうた』をRHYMESTERの曲でやってみたい」みたいなことを言ってたんだよね。でも、いざ『こてつくん』のビジュアルや内容を確認したら、お手上げ状態になっちゃって。先方もどんな曲を作ってほしいというリクエストもそこまで明確じゃなかったし。これはマズいという状態でミーティングをしたんだけど。そこでJINがメモを取ってくれて。

DJ JINミーティングのときにファンキーだったり、スペイシーだったり、アース・ウィンド・アンド・ファイアーとか、そういうキーワードも出始めていて。それで、スペイシーなジャズファンクみたいなイメージが浮かんできたんだよね。それと同時に子ども向けアニメの主題歌だからキッズソウル的なラインもあったら面白いかもと思って取り掛かっていった感じかな。

── 子どもたちのコーラスやサイドキックが得も言われぬチャームになってますよね。「うわっ、この子どもたち強い!」みたいな(笑)。

DJ JINそうそう(笑)。子どものコーラスに関しても、最初はメンバーでコーラスを入れていたんだけど、レコーディング中に「いや、これちゃんと子どもの声を被せたほうが面白くない?」というアイデアが出て。

Mummy-Dめちゃくちゃキレがあるよね(笑)。

DJ JINなぜなら、メンバーの子どもも参加してるから。RHYMESTERやヒップホップを聴いて育ってるから強いですよ(笑)。

Mummy-D「ここをこう言ってくれ」って頼んでるのに「ここも言いたい! ここも言いたい!」って勝手に入れてくれて大変だった(笑)。

DJ JINそして、それを実際にどんどん採用して(笑)。

宇多丸構成的な話をすると、放送尺は1番にあたる部分で、フルバージョンとちょっと考え方が違うんですよ。1番は子どもが聴いて親しみやすさを覚えて、歌えて、踊れる。さらに、ある程度『こてつくん』の原作に対する目配せもしつつ。1分以内の放送尺の中で、ビートが半分になるところでラップすることで無重力になったような感じを演出したり、そこからドーン!と月に向かって打ち上がっていく感じで(放送尺は)終わると。その調整も大変で。

Mummy-Dそうそう(笑)。

── 数字にまみれた宇宙トリビアが紡がれる2番はちょっと怖いですもんね(笑)。

Mummy-Dわかる。怖いよね(笑)。

宇多丸フルサイズにするときに「2番から先はもう知ったこっちゃねぇよ! ビビらせてやろうぜ!」って感じで(笑)。「宇宙怖い!」みたいな。「月なんてとてもじゃねぇけど、生きていけねぇからな!?」っていう。まぁ、Dはすごい天文少年だったし、そういう話をしてもいいかなと。

Mummy-Dお勉強ラップみたいなことをクソ真面目にやるのも面白いかなっていう(笑)。

宇多丸まぁ、でもこの数字は覚えられないよ(笑)。

Mummy-D歌ってる人たちが覚えられないんだから(笑)。

── でも、ライブで数字を間違えると曲のクオリティが一気に崩れますもんね。

Mummy-Dそうなんだよ!(笑)。だから本当に迷惑っていう。

宇多丸そこからの3番は最新の宇宙論が入ってますので。ちなみにいつの間にか宇宙の紀元が137億年前から138億年前になっていてビビりました(笑)。

07. 予定は未定で。

Produced by MASTA SIMON from Mighty Crown

── この曲のインストのビートも『アトロク』の交通情報コーナーで馴染み深いですが、あらためてRHYMESTERがMIGHTY CROWNとラヴァーズロックを作ったというトピックも特別だなと。

宇多丸『アトロク』の交通情報のテーマになったのは図らずもなんですけど。そんなつもりで作ったんじゃないんだけど、すごく合ってますよね。不思議!

Mummy-Dこの曲は47都道府県ツアー中に作ったんだよね。

宇多丸それこそツアー中に実感していたのが、ライブにおける「ちょうどいい」とか「POP LIFE」という曲の使い勝手のよさで。要はレイドバック曲というかね。でも、RHYMESTERって「ちょうどいい」を作るまではそういう曲はなくて。明確に「ちょうどいい」はそのために作ったし、「POP LIFE」はもう少しシリアスな意図で作った曲だけど、曲調がそれこそちょうどよくて。それはライブで投入して初めてわかることで。そういうライブで使い勝手のいい曲をまた作ろうという始まりだったと思う。

Mummy-D2019年5月の『人間交差点』までに作って、初披露しようと計画して。

宇多丸そうか! やっぱ『人間交差点』ってそういう意味でも機能するなぁ。

DJ JINそこで今まで手を出してなかったジャンルというところでラヴァーズロックというアイデアが出てね。

Mummy-Dそうそう。俺たちはダンスホールレゲエはやったことあるけど、ラヴァーズロックは俺たちも他のラッパーたちも手を出してないぞと。でも、もともとリスナーとして俺たちみんな好きだからね。

宇多丸あとは『横浜レゲエ祭』でHome Grownとセッションした「ちょうどいい」がすげぇよかった、というのもあって。じゃあここは世界のMIGHTY CROWNにお願いしますか、となった。でも、MASTA SIMONは意外だったでしょうね。オファーされた時点ではダンスホールだと思っていたはず。

Mummy-Dでも、わりとすぐに2種類のビートをもらって。もう少し明るい感じのビートもあったんだけど、涼しいほうに決まった感じ。MASTA SIMONもこれを選んでほしいと思ってたみたい。

── リリックに関しては、いかに上手く脱力するかみたいなところもポイントだったと思うんですけど。

Mummy-Dそうだね。レゲエに対する憧れが入ってるね。俺たちはすぐカチカチやっちゃうけど、あのひとたちのヤーマンでノープロブレムな感じがいいなって。そのわりにはサビはかなりカチカチに作ってるんだけどね(笑)。気持ち的にはレゲエに対するラブソングでもあるかな。

宇多丸あとは、そのとき話していたこととして、たとえば都市再開発とかを見ていると、「いや、いいんだけど、街として面白いかと言われたら、全然面白くないです」みたいな。「本当は草の根から勝手にできていっちゃう感じが街のパワーなんだけど」っていうさ。文化や何かを生むのはあのカオスなんだ、ということも言いたくて。〈ケイオスの渦 湧き出すエナジー 我々は全部その末裔たち〉というラインは、国立科学博物館に太古の生命が誕生したと思われる状況の模型があって、海底のめちゃくちゃ深いとこでものすごい高温のガスがボーッ!と出ている、というやつなんだけど、なんとなくそのイメージ。「すべての生命が生まれた起源はここです! お母さーん!」みたいな(笑)。

一同 (笑)。

宇多丸カオスからこそ何かが生まれるというか、隙間やバグが進化を促すわけで。計画が先にありすぎると想定外の何かが起こりにくくなる、という意味での「予定は未定で。」でもある。「隙間やカオス、粗や無駄をなくしたら、あんたらの大好きな『生産性』とやらをむしろ失うことになりまっせ」というメッセージですね。

── JINさんはどうですか? RHYMESTER初のラヴァーズロックということも含めて。

DJ JINPUSHIMとかFIRE BALLともコラボしてきたRHYMESTERのレゲエ人脈の流れで、ついにMIGHTY CROWNが登場という感じで。MASTA SIMONにオファーしたときにすぐにジャマイカの現地の人に声をかけてトラックを作ってくれたんだけど。そのスピード感やコネクションにも、ワールドワイドなレゲエシーンで大活躍している存在の大きさ、強さを感じたよね。ミックスしてくれたMiki Tsutsumiさんもグラミーを獲ってるような超一流のエンジニアだったりして。サウンド面も含めて全面的に有無を言わさぬクオリティになってると思います。

08. マクガフィン / 岡村靖幸さらにライムスター

Produced by Okamura Yasuyuki

── あらためて、岡村さんのビートも含めてすさまじい曲だと思います。2023年の今聴くと、これは陰謀論やネットの集団心理にいつの間にか惹かれ、加担してしまう危うさみたいなことを歌ってるんじゃないかとも思えてくる感じもあって。深読みしすぎだとは思うんですけど(笑)。

宇多丸なるほどね(笑)。たとえば〈もう 正しさだけじゃ生きてゆけない〉というフレーズは『Bitter, Sweet & Beautiful』の「ペインキラー」にも出てくるので、どこかしらで常にある感覚でもあるんですけど。特にアートにおいては重要な領域というかね。岡村靖幸というアーティストは、やっぱり世間一般の常識と照らし合わせると、「正しくない」セクシーさやスリリングさをものすごく持っていると思うんですよ。俺の中で「マクガフィン」というワードが出てきたのは、単純にトラックがサスペンス映画っぽいと感じたからなんだけど、歌詞のストーリー性みたいなものは、実は岡村さんと飲んだときの体験から誘引されたところもあるかもしれない。岡村さんと散々飲んだときに、AM3時とか4時でこっちもベロベロだし、いいかげん帰るでしょって流れなんだけど、「僕はこれからまだちょっと行くところがありますんで」「マジか!」っていう(笑)。その怪しさというかさ。「東京には、俺の知らない世界がまだどこかにあるんですか?」みたいな感じで。

── 「そのまだ見ぬ社交場はどこにあるんですか?」っていう(笑)。

宇多丸そうそう(笑)。そういう岡村ちゃんの怪しい行動みたいなところが源にあったのかも(笑)。俺もけっこう遅くまで起きてるし、それなりに夜遊びもしてきたつもりだけど、そんな俺もタッチできない領域があるんだなぁって。だから、どこかで「岡村靖幸論」を歌ってる部分があるのかも。

── なるほど、どこまでも実像をつかみきれない岡村靖幸論。岡村さんって誰にでも敬語で会話されたり、わりと最近、車の運転免許を取得されたり、そういうところも底知れないですよね。

宇多丸そうそう。運転免許も周りに「車の運転してると曲が書けるよ」って言われて取ったっていうから、「書けるようになりましたか?」って訊いたら、「運転に必死で書けるわけないですよ」って(笑)。あと、最初に岡村さんがやっていた雑誌の連載に呼ばれたとき、「結婚したいんですがどうしたらいいでしょう」とか言ってるから、「そんなのウソでしょ!」ってツッコんだんだけど(笑)、それに対して岡村さんが、「たしかに僕は楽しくやってるけど、同じところをぐるぐる回ってるだけな気がする」みたいなことをおっしゃったんですよね。岡村さんはさっき行ったみたいにいろんなところで暗躍してるけど(笑)、自分自身はそこにある種の空虚さも感じてもいるのか、というのが印象的で。それがとても「マクガフィン」っぽいというか。どこかにその発言が頭の中にあったのかもしれない。

Mummy-D俺は宇多さんから「マクガフィン」というサブジェクトが上がってきたときに、その言葉も知らなかったし、そういう映画の概念があることも知らなかったから。「へぇ!」と思って。でも恋愛的なメタファーで歌詞を書けそうだなと思って。恋は盲目なもので結局何を追いかけてるのかわからなくなっちゃうみたいな感じが出ればいいんじゃないかなというのと、ラップサビみたいなセクションも必要だろうなと思っていたので、あのビートの異常なエディット感、刻み感を活かさない手はないだろうと思ったんだよね。それでここ(RHYMESTERの所属事務所オフィス)から家に帰るまでの電車に乗ってる間の時間でサビができて。

── おおっ!

Mummy-Dでも、それは俺がすごいんじゃなくて。それくらい「こうしなさい!」とはっきり言ってくるトラックなんだよね。〈ジ、ジ、ジ、ジ、ジ、〉ってとにかくずっと刻んでる、変態的に16で刻んでる感じをトラックに求められたんだよ。

── しかし、どこまで才気が走ったらこんなすさまじいエディットは施されたビートを作れるのかと思いますね。

Mummy-Dこのエディット感はもちろん新しいんだけど、懐かしい感じもしたんだよね。80年代にテープを使って延々とやってるエディット感というか。プラグインでやるのではなくて、手作業で気が狂うような作業をやってる感じがあったから。それと同時に俺は頭の中にジョージ・マイケルの「Monkey」という曲がずっと鳴っててね。それを少しオマージュもしてる。

DJ JIN岡村さんは「とにかくインプットしたい」と飲んでるときにも言っていて。「JINさん、いい曲を片っ端から教えてください」って。未だにそうやって貪欲に音楽を吸収してるからこそ、ここまで変態的でものすごいトラックを作れるんだと思うし。で、俺がスクラッチ入れたときも「こんな感じでどうですか?」ってデータを送ると、「わかりました。じゃあパラをすぐ送ってください」って、とにかく1音ずつ分かれているパラデータが欲しいと言うんですよ。こっちは逆にスクラッチのバランスや世界観もあるからまとまったデータを送ってるんだけど、「そうじゃないんです」と。それでパラを送ったら、それが曲の随所にまぶされていて。

── 「そういうことか!」っていう。

DJ JINそう、「ああ、なるほどね!」と思った。岡村さんの音楽の世界観みたいなものが強烈にあって。そのぶっ飛び方がヤバいし、エグいと思った。

09. なめんなよ1989 feat. hy4_4yh

(新録曲)

Produced by DJ JIN, 宇多丸

── このタイミングのコラボレーション、1989年をめぐるクロニクルでありノンフィクションとしてのこのタイトルと4MCのマイクリレー、このブーンバップとしての高揚感、すべてがドラマティックですね。

宇多丸序盤でも言ったようにRHYMESTERをずっと慕ってくれ、素晴らしいパフォーマーであるハイパヨとの関係もありつつ、コロナ禍で彼女たちのプロデューサーの江崎さんが亡くなってしまって。江崎さんはご生前にも「いつかRHYMESTERと一緒に曲をやりたいんです」って言ってくれていたんですね。だからこのタイミングでハイパヨとコラボすることは、彼女たちの助けにもなるだろうし、江崎さんを失った今、自分たちの足で歩き出す後押しにもなるだろうということで。トラックはJINに手がけてもらうことになったんだけど、やっぱり彼女たちのスタイルを鑑みても、今風なビートというよりは、ブーンバップな感じだろうなと。で、最初のミーティングで彼女たちに「なんかアイデアある?」って訊いたら、「RHYMESTERの結成は1989年、ウチら2人も1989年生まれなんですよ。これ、運命じゃないですか?」って返ってきて。なるほど、これは活かさない手はないなと思って。江崎さんへの追悼を込めるにあたっても、「2人のストーリーを語ればそれだけで他の人には絶対真似できない至極のヴァースになるから」と。彼女たち自身が歌詞を書いたことがないという点についても、「これだけのいろんな曲をやってきたんだし、フリースタイルバトルにだって出てるんだから書けないわけがないんだよ」って応援して。そして、この4MCで1989年のライフストーリーを語るにあたり、彼女たちと俺らに共通しているのは、いろいろ憂き目にも遭ったり、なめられたりもしてきたけど、「それでも生き残っているのはどっちかな?」みたいなことだよなと思ったんです。あとは今後、どれだけコロナ禍が収束していったとしても、江崎さんが亡くなったことも含めて、「なかったこと」にはさせねぇぞという感情。そんな俺たち2グループに共通する感情を総括すると、「なめんなよ」って一言に尽きるんじゃないかと。だったらもうタイトルは「なめんなよ 1989」しかないでしょと。ハイパヨの2人には、とにかく最低でも16小節、自分のヴァースだと言えるラップを書いてほしいと。8じゃなくて、16。16となると構成も起承転結も考えないといけないから。もちろん、俺が赤ペン先生になって添削はするからと伝えて。

── まずは宇多さんがご自身のヴァースを書いたんですか?

宇多丸そう。最初から言ってたのは、「これは『ゴッドファーザー PARTⅡ』ですよ」と。2つの時代が並行して語られていく。僕はすごく大きいところから語り始めるから、そこから俯瞰のカメラがグーッと寄っていって、個人のストーリーが始まるようにするので、ハイパヨの2人には自分たちのこと、Dには僕と出会ったときのことを書いてもらおうと。

── 宇多さんのヴァースは当時の社会背景も含めて1989年という時代を映し出すところから始まります。

宇多丸そう。NHKの『映像の世紀』シリーズみたいなイメージです。

Mummy-D俺はこのタイトルをもらってから一発で自分のヴァースを書けました。というのは、俺は同時進行でソロアルバムを作っていたから、そこでわりと自分の歴史を語ってるんだよね。ソロの楽曲制作でも1989年がいかに大事な年か自分の中であらためて実感していたから俺はRHYMESTERが始まった瞬間を歌詞に書こうと思って。もっと言えば、俺にとって1989年ってラップを始めた年でもあるし、RHYMESTERが始まった年でもあるんだけど、大学に入学した年でもあって。ということは、俺の東京元年でもあるんだよ。それまで俺は神奈川の人間で、もちろん東京に来たことはあったけど、リアルに東京での生活が始まった年だから。すべてが変わったのが1989年なんだよね。さらに、ヒップホップクラシックがいっぱい生まれた年でもあるし、楽勝で書けますって感じだった。ただ、余裕を持って書いてたら「ヤベッ、あと4小節しかない!」ってなって、最後はすっ飛ばしてコロナ禍にワープするんだけど(笑)。

DJ JIN俺は、1989年は高1から高2だね。ヒップホップに出会って、夜遊びを始めた年かもしれない(笑)。ビートに関しては、宇多さんがクッキー・クルーの「SECRETS OF SUCCESS」という曲をモチーフとして出してきて、わりとそれに近い方向性でトラックを作っていって。さらに、80年代後半〜90年代頭のヒップホップを意識したドラムパターンやホーン、(オーケストラ)ヒットのオカズを入れていって。でも、ちゃんと今の音で響かせられるように仕上げていった感じですね。

10. Forever Young (ザキヤマ Remix)/ スチャダラパーからのライムスター

(TOKYO FM開局50周年テーマ曲)

Produced by The Antipation Illicit Tsuboi

── 満を持してのスチャとの邂逅の経緯はいくつかの既発のインタビューでも語られていると思うので、『Open The Window』というアルバムのラスト前にこの曲が存在していることの感触について聞かせてもらえたらと思います。

宇多丸やっぱり「なめんなよ1989」のあとにこの曲が来ないと、って感じなんだよね。「なめんなよ1989」が言っちゃえば浪花節でもあるのに対して、その先にあるこの抜け感。もはや「これはこの世なのか!?」という感じだよね。多幸感にあふれすぎてあの世感すらも漂ってる(笑)。

DJ JINMVではおじいちゃんになっちゃってるしね(笑)。

宇多丸本当のベテランたちがこれだけ抜けよく楽しんでると、必然的に黄泉の国感が漂いだすという(笑)。

── それが何より強いし、怖い!っていう(笑)。Tsuboiさんのビートも含めて。

DJ JINこの曲の持つ怖さも、それこそ「なめんなよ!」って感じで。やっぱりTsuboiくんは鬼才というかね。途中でBOSEくんのヴァースがちょっとハーフテンポっぽくなったりするんだけど、ああいうのもボーカルを録ったあとに作ってきて。「どう?」みたいな(笑)。彼も自分の世界観が強烈にあるから。

Mummy-D俺が一番驚いたのは、ボーちゃん(BOSE)のヴァースの最初ライン〈2020 これを聴いてろ〉が、今回〈2023 これを聴いてろ〉になっていて。ボーちゃんが“3”って言ってるサンプルを引っ張ってきて、変えてるんだよ! 「この人、歌詞も変えちゃうんだ!」っていう(笑)。

DJ JINまさに鬼才です(笑)。

Mummy-Dでも、とにかくスチャとやるということは僕らにとっての切り札でもあったし、やっぱり求められるハードルも高いから。前々からやりたいと言っていたけど、お互い忙しいし、やるとなったらハードルが高いからなかなか進まなかったんだよね。このビートは『ダーティーサイエンス』(2013年)を作ってるときにもうTsuboiくんからもらっていて。そこから何年も寝かしてしまったんだけど、ついにスチャとコラボするってなってみんなで集まったときに「実はこんなトラックがあるんですよ。宇多さんが思いついたタイトルもあって、『Forever Young』はどうかな?」と提案して。そしたら、スチャは「なんでもいいよ」って感じで(笑)。でも、俺たちとしてもほぼほぼ10年近い構想と愛着があったから、このビートでスチャとやれたら悔いはないという感じだった。

宇多丸このトラックをRHYMESTERだけでやるとなんかしっくりこないんだよね。

Mummy-Dそう。ちょっとやり過ぎ具合が中途半端になってしまうというか。でも、スチャと一緒におじさんたちがキャッキャッやると不思議なもんで面白くてハッピーな曲としてありになるわけよ。ところが曲が完成して、お披露目のタイミングでドーン!とプロモーションしようとなったときにコロナ禍に突入してしまって。それでまたこの曲が凍結されてしまう感じになってしまった。ライブでも2回くらいしかできなくて。それもあってこのアルバムタイミングでもう一度盛り上げたいという思いもあるんだよね。

── でも、この曲は伝家の宝刀であり続けますよね。

宇多丸ライブでやって盛り上がらないわけがないしね。スチャと出てこの曲をやればどんなフェスでもトリをやれる自信がある。それくらいの曲。みんな幸せにならないはずがないというか。

── そして、このタイミングで〈からの〜〉を発展させていくザキヤマさんのガヤも加わって。さらに底知れない曲になったなと。

宇多丸彼ももともとヒップホップ好きなので。実は前から面識もあって、20年前くらいには一緒に飲んだこともあって。

── え、そうなんですか?(笑)

DJ JIN渋谷の東方見聞録で(笑)。

Mummy-Dそのとき俺は行ってないんだよな。

DJ JINあ、そうだっけ。

宇多丸そのあと海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)のラジオに呼んでもらったときもザキヤマさんがいて。そのころは全然ブレイク前だから、若手のガヤ的な感じで。

Mummy-Dで、この〈からの〜〉はザキヤマくんにオファーしたあと、今年の2月に彼のラジオ(FM NACK5『まいにちザキヤマ』)に俺がゲストで呼ばれたタイミングがあって。それは収録だったんだけど、「せっかくならこのブースで録るのはどうですか?」って提案して。それで、実際にオンエアされたラジオでも〈からの〜〉をレコーディングしている模様が流れているだけど。そこで俺はもう爆笑しちゃって(笑)。さらに、ラジオの収録が終わったあともレコーディングしたのね。でザキヤマくんはまじめだし、ヒップホップも大好きだから、めちゃくちゃ練習してきてくれていて。全部OKテイクだったんだけど、俺なりに若干エディットさせてもらったのが音源の状態。でも、タイミングは直したりしてない。彼はすごくリズミカルだから。

── Dさん的に、背景とスタイルはまったく違うけど、このフェイズでRHYMESTERではスチャ、ソロではILL-BOSSTINO氏と邂逅したことについてはどうですか?

Mummy-Dもうね、スタイルを超えて生き残ってる人たちはみんな戦友感があるから。お互い歳も取っていろんなものを認められるようになったし、そういう人たちはみんな強いよね。でも、ILL-BOSSTINOに間違って「Forever Young」のトラック送ったら大変なことになるよ(笑)。

宇多丸でも、「Forever Young」にBOSSのラップが乗ってるのも聴いてみたい気もするけどね。スチャとはそれこそ88年、89年という時代感もそうだし、好きだったヒップホップも含めて見てるところが同じすぎて、言わずともわかることが本当に多いから。ヒップホップシーン広しと言えど、ここまで通じ合えるグループはいないでしょって思う。

11. 待ってろ今から本気出す

Produced by Mr. Drunk

── 2019年1月にリリースの平成最後に生まれたRHYMESTERの楽曲であり、KING OF STAGEとしての真骨頂を発揮しているこの曲が、アルバムの最後を飾ります。この曲を作ったときのモードは思い出せますか?

Mummy-Dなかなか思い出せないんだけど、とにかく2019年は結成30周年を盛り上げようとしていたと思う。それで、2019年のど頭に曲を出したいとなったんだと思うんだよね。

宇多丸そうそう。47都道府県ツアーのテーマ曲的なものをど頭に出そうと。

Mummy-Dそれを話し合ったのが2018年の10月とか11月で。俺たちはとにかくいつも走り出しが遅いんだよね。それで「たまにはダッシュで曲を作ろうよ!」というモードだった。ということを今思い出した!(笑)。

── これはあきらかにライブを見据えてる曲ですよね。

Mummy-Dうん。だから次のアルバムを占うサウンド感とかではない。だから、当時はアルバムに入らなくてもいいとさえ俺は思ってたくらいで。とにかく単発のシングルとして47都道府県ツアーを見据えて、ダッシュで作ろうという。その代わり、普段はやらないけど、昔から好きでたまらなかったドラムの感じにして。たまにはノリ重視で衝動的に作ってもいいかという俺としては珍しい作り方だけど、ある意味ではヒップホップ的な作り方でもあったというか。

── その曲が結果的に『Open The Window』のラストナンバーを担ってることについてはどうですか?

Mummy-D曲のタイトルを考えてるときに30周年の1発目のシングルのタイトルが「待ってろ今から本気出す」ってヤバいなと思って(笑)。ちょっとファンは怒るかもしれないけど、ギリギリのラインで面白い感じ。さらに、47都道府県ツアーは新曲から過去に遡っていく“逆行セット”というセットリストを作ったのね。そこからライブを重ねるにつれて、そのセットリストにも慣れてきから、今度は過去曲から新しい曲へ辿っていく“順行セット”というセットリストを作って。そうすると、「待ってろ今から本気出す」はセットリストの最初か最後に来ると。そうやって47都道府県ツアーを通してこの曲の機能性を確かめていたというかね。だから、アルバムでも1曲目か最後しかなかったんだよね。この曲がアルバムの最後を飾ることで次のアルバムで今作をまた超えてやるという意味にもなるし。俺らっぽい終わり方とも言えるかなと。

宇多丸ライブを想定して作ってるから、コール&レスポンスにしてもプチャヘンザップにしてもジャンプにしても、お客さんにやってもらうことが全部入っていて。だからこそ、俺らもライブではかなり消耗する曲ではあるんだけど(笑)。でも、不思議なことに、この曲の歌詞にも1989年の話とか、「2000なんちゃら宇宙の旅」とも繋がる『2001年宇宙の旅』の喩えとか、このアルバムの他の曲で言ってることが偶然にも入っていて。

── そうなんですよね!

宇多丸不思議だよね。リリース順を知らずに聴いたらアルバムの最後のまとめとして作ったようにも聴こえると思う。あとは、この曲はRHYMESTERだけで作っていて、さっきDが言ったように俺らにしては珍しく何も考えずに作った曲ではあるんだけど、「RHYMESTERっぽさ」を自然と体現している曲でもあって。「RHYMESTERっぽさ」ってみなさんも俺らも共通したイメージを持ってると思うけど、意外とイメージそのままの曲ってこれまであまり作ってこなかったから。みんなの頭の中にある「RHYMESTERっぽさ」を初めて体現してみせた曲だと言えるとも思う。そういう意味では『Open The Window』の、やったことのないことにチャレンジする、という全体像にも合致していて。

DJ JINビートはゴリゴリのブレイクビーツで。バックトゥーベーシックでもあり、俺たちの好きなあの感じっていうのがガッツリ出ていて。やっぱりね、極上のブレイクビーツと極上のラップがあれば、それはもう完全食なんだよね。「そこに栄養が全部入ってます、これを食ってればOKです」みたいな、そのくらいの好きな感じだし、原点な感じもあって。最後のほうでスクラッチを入れてるけど、それもゴリゴリにタフでラフなスクラッチ。そして、ずっとランDMCに憧れて追っかけてるところもあるから、ジャム・マスター・ジェイみたいにレコードから煙が出るくらい擦り倒すというイメージでスクラッチも入れました。ライブでは「Holy Ghost」(バーケイズ)のレコード2枚使いも混ぜたりしてターンテーブルイズムも導入したり。去年末にLIQUIDROOMで開催された渋谷THE ROOMの30周年のライブを世界のDJ KOCO a.k.a. SHIMOKITAちゃんがステージ袖で観てくれていたみたいで。ライブが終わって挨拶したら、「『Holy Ghost』の2枚使いしてましたね!」と言われて、ニヤリみたいな。あれはかなり滾りました。

── 最後に、このインタビューを閉じるにあたりあらためて『Open The Window』は3人にとってどんなアルバムになりましたか?

Mummy-Dやっぱり一段落感が強いアルバムだと思うね。ひとつのあるフェイズがここで一旦終わる。自分たちのキャリアを振り返ったときに、2010年代は僕にとってはぴったり40代と重なるんだけど。本当にコラボの10年だったと思っていて。その前からコラボ自体はやってたんだけど、ソイルと出会ったり、さらにコラボという意味で異種格闘技をやってきた10年だったんだろうなと。その2010年代に積み上げて来たものが結実して2023年に表現できた感じがするんだよね。今、あらためて自分たちのヒップホップ感というものを見直したいと俺は思っていて。ここからまたRHYMESTERの新しい時代が始まるんじゃないかなという気がしてる。今回は偶然性の強いアルバムだからこそ、次はド本質でいかないといけない。そう思うと気が重いけど(笑)、偶然性の強いアルバムとして大成功だなと思う。

DJ JINヒップホップにはいろいろなスタイルがり、世代ごとにもいろんなスタイルがあって。その中でここまで趣き深い試みができるのはRHYMESTERしかいないんじゃないかなと思う。

Mummy-Dこれはいい意味で言うんだけど、このアルバムはヒップホップの拡大解釈だと思う。だからこそ次はしっかりヒップホップをやらなきゃいけないんだけど、ヒップホップの拡大解釈として俺らにしかできないことをやれてると思うね。

DJ JIN俺もそうだと思う。『Open The Window』というアルバムタイトルが象徴しているように、外側に向けて広がっていきながら、それと同時にRHYMESTERがやるからこそのヒップホップの濃い要素もかなり詰まっていて。これはウチらにしかできないよ。そういうオリジナリティを感じてほしいなと思いますね。グルーヴはバッチリ筋が通っているので。

宇多丸僕も2人が言った通り。あとは、アルバムとしてちゃんとまとまったんだけど、これを一定期間のタームで作れと言われても無理だったなと。いくつかのタームを跨がないと作れないアルバムってあるんだと自分で思いました。「予定は未定で。」にも繋がる話で、これは人生においてもそうだけど、僕の人生の実感だと、計画を立てないでその場その場をがんばると、思ってもみなかった場所に行ける。今回はそういうアルバムになっているなと。最初に『Open The Window』というコンセプトを思いついていたら、絶対にこうはなってない。それはある意味では恐ろしくもあるんだけどね。最初にコンセプトを立てると、それに縛られてしまうこともあるんだな、って気づけたのはすごく勉強になりました。自分たちのポテンシャルの引き出し方として、こういうやり方があると気づけたのは。

── せっかくここまで語っていたので、最後の最後に7月からスタートするツアーと、そして17年ぶりに決定した2024年2月16日に開催する日本武道館ワンマンについて聞かせてください。ツアーと武道館はセパレートした内容にはなると思いますが。

宇多丸そうだね。ツアーは基本的に、Reiちゃんに参加してもらう日とhy4_4yhに参加してもらう日の2本立てを交互にやっていきます。そして、それぞれにセッションタイムがあるというような作りになります。その合間にサプライズな日もあるかもしれない。で、過去曲に関しては「季節の3種盛り」というコーナーを用意します(笑)。「この季節はこの曲が美味しいんだよね」という出し方になると思うんですけど。武道館は、『人間交差点』のようなお祭り感も当然出ると思いますね。全員集合だから。RHYMESTER武道館はね、正統派・武道館ですよ!(笑)。

── どういうニュアンスですか?(笑)。

宇多丸最近の若者の武道館は軽い!

一同 (笑)。

宇多丸『巨人の星』の「おまえの球は軽い!」オマージュなんだけどさ(笑)。まぁもちろんそれは冗談として、でも実際ヒップホップのアーティストは、武道館という場所の重みを感じながら、マイルストーン的に開催してる人たちが多いよね。我々も17年ぶり。皆さんのお力をお借りしての、今回は総集合なので。だって、フェスとして考えても異常ですよ。CKBと岡村ちゃん、ソイルにReiちゃん、JQもいるから。

DJ JIN『人間交差点』だよ(笑)。

Mummy-Dなかなか17年ぶりに武道館でワンマンできるグループってそんなにいないと思うから。やっぱり僕らは幸せだなって思うよね。ファンの皆さんに支えられて開催できるわけで。またできると思ってなかったよ。でも、できるんじゃないかなと思ってた。矛盾してるね(笑)。

宇多丸前回の武道館は、「活動休止しまーす!」という餌でなんとかお客さんを釣ったからね。

Mummy-Dやめなさいよ!

一同 (笑)。